金子哲夫さんと語る
 

~ 日本の核問題 ~

 
金子 哲夫(かねこ・てつお)さん
1948年生まれ。島根県出雲市出身。電電公社(現NTT)に就職し、70年、電電公社中国通信局データ通信部へ配転となり広島に転居。1973年7月から始まった「核実験抗議の慰霊碑前座り込み」に95年9月まで400回以上参加した。81年、電電公社を退職。社民党広島県連合代表などを務め、2000年6月、衆議院選挙(中国ブロック比例区)で初当選。03年11月の衆議院選挙で惜敗。 金子哲夫webサイト http://kaneko.lilac.cc/index.html

 

 【対 談】日本の核問題
 
マスコミ報道では、 北朝鮮の核についてはさかんに取り上げられていますが、 日本の現状も心配です。 非核三原則を守り、 核廃絶の旗を堅持しつづけられるのか、 国内外で懸念が高まっています。 そこで、 「いのちとうとし」 を合い言葉に長年、 広島で非核の取り組みを続けてこられ、 今年7月に予定されている参議院選挙の社民党の比例区候補でもある金子哲夫さんに、 核問題についてお聞きしました。
 
阿部 昨年、 私も出演していたテレビ朝日の 「サンデープロジェクト」 で、 自民党政調会長である中川昭一さんの発言を聞いて、 非常に驚きました。 北朝鮮の核実験がテーマで、 司会の田原さんが 「日本はどうするのか」 と話をふると、 中川さんは、 正確な表現は忘れましたが、 日本の核武装も論じていいし、 ありうるとおっしゃったのです。
 

 

 ■日本にとって非核は、歴史から学んだ 国としての規範であるはず
 
阿部  日本は、 戦争による原爆被害を経験した唯一の国で、 もう戦争はしないと誓った国です。 その日本が核武装することはあってはならないことです。 ですから、 私は、 核武装は選択肢の一つにもあがらないと答えました。 すると、 司会者の田原さんは、 被爆国だからなぜいけないのかと切り返してこられた。 出席していた評論家の人たちも、 日本の核武装について全面否定はしなかった。 日本にとって非核は、 歴史から学んだ、 国としての規範です。 政治家が公然と核武装を容認するような言動やそれが容認されるような風潮は、 これまでなかったと思います。 これは、 非常に危ういことと考えています。 金子さんは、 地元広島でも、 衆議院のなかでも非核ための取り組みを進めてこられました。 今、 日本の特に政治の現状をどう見ておられますか。 また、 日本の核武装化を食い止めるため、 今、 私たちには、 何ができるでしょうか。

金子 難しい問題です。 大切なのはただ戦争体験や被爆体験をなぞることではなくて、 被爆や核兵器による犠牲とはどういうことなのかを深く認識することです。 核兵器の人体への影響は60年経った今の世代にも及んでいます。 広島と長崎で何が起きたのか。 これが、 核問題に関する議論の根底から抜け落ちてしまっています。

 

 ■歴史の判断は歴史家に任せて 新たな戦争前体制作る安倍政権
 
 たとえば、 今、 各都道府県に国民保護計画があり、 核被害について書かれています。 中身は、 風上に逃げろとか白い衣服を着ろといったこと。 広島市ではこのことが問題になり、 核被害とは何か、 核戦争が起きたらどうなるか、 専門委員会を作って検討を始めています。 原爆資料館から出たときには、 どんな人でも 「こんなことが起きてはいけない」 と思うでしょう。 机上の空論ではなく、 被爆者の話を聞いたり資料館を見たりするような体験から出発しなければならないはずなのに、 もうその原点が忘れられています。 広島や長崎をしのぐ核兵器が使用されたらどうなるか。 その被害をまず考えてほしいです。
阿部 政治の場では、 むしろ戦争の記憶は消したいという流れが強まっています。 歴史は自分では判断しない、 歴史家にまかせるというのが安倍内閣の姿勢です。 その間に 「新たな戦争前体制」 をどんどん進めています。 政治の舞台では、 何をなすべきでしょうか。

金子 広島では、 原爆で本当に何人が亡くなったのか、 未だ明らかになっていません。 76年に国連に報告されたのは、 1945年12月末までに14万人プラスマイナス1万人です。 私は衆議院議員のときに最初の憲法調査会でこのことを取り上げました。 亡くなったのは一人一人の誰かの家族や子どもや女性やお年寄なのに、 プラスマイナス1万人ということはどういうことか。 犠牲者を一人一人の生命として考えていないということであり、 被害の実相が十分調査できていないということです。 沖縄では、 沖縄戦の犠牲者を平和の礎に一人一人名前を刻んでいますが、 原爆被害では行われていません。

 

 ■核兵器を持つべきという政治家は 国民に戦争被害の責任をとれるか
 
 被爆者は、 被爆者援護法により戦争被害者のなかでも国からいろいろな施策を受けています。 しかし、 死没者が最大の犠牲者なのに、 残された家族のなかには、 何の援助も受けていない人たちがたくさんいます。 援護法が改正されたときに 「特別葬祭給付金」 ができて、 死没者を追悼することになりました。 この法律にはまやかしがあって、 受取人は被爆者でなければならないのです。 たとえば、 学童疎開などで広島を離れていたり、 兵隊になって日本にはいなかった人の家族が広島で全員亡くなっても、 帰ってきた人たちは被爆者ではないので 「葬祭給付金」 はでません。 「原爆孤児」 になっても、 救済されません。 これは、 被爆者援護法のもっとも弱い面です。 国家補償なら、 死没者に対して国が償うのは当然です。 日本では市民の戦争被害に対して国家が責任をとったことはありません。   「国民保護法」 でも、 国家は戦争になったら主権者である国民に対してどう責任をとるのかが曖昧です。 核兵器を持つべきという政治家は、 主権者である国民に対して、 すべての責任をもつという覚悟があって発言をしているのでしょうか。 戦争が起きるのは政治の失敗であって、 どんなことをしても戦争が起きないようにするのが政治家の役割です。  また、 軍拡の基本的な考え方になっている 「核抑止力」 論が、 世界を危険な環境に追いやっていますが、 反核運動のなかでも核抑止力論を検証し、 理論的に反論していくことが必要だと思います。
阿部 最大の国民保護は戦争をしないことです。 万一のとき、 いちばん補償されるべきは人間の存在、 人権と生命、 財産だということをもっと強く、 社民党をはじめ非核の取り組みを進める側が提案していきたいですね。

金子 去年10月の国連総会で日本は核軍縮決議案を提案していますが、 アメリカとインドは反対しました。 そうしたことが国会ではほとんど論議されません。 国会議員の間で 「唯一の被爆国」 という言葉はいくらでも語られますが、 その中身が問題です。

阿部 参議院は、 国や国民の将来を見誤ることのないよう、 普遍的課題を論議していく府であってほしいし、 そこで金子さんの経験と思いを生かしていただきたいと思います。 藤沢は非核都市宣言をしていますし、 無防備都市宣言では約2万筆の署名が集まりました。 ぜひ今度、 藤沢にもいらしてください。 ありがとうございました。
 

 

 




(「阿部とも子News ともことかえる通信No.27」(2007年4月号)に掲載)