近藤昭一さん(衆議院議員/立憲フォーラム代表)と語る
 

~戦争できる体制つくらせない道を過たぬための地道な闘いを

 
近藤昭一(こんどう・しょういち)さん
1958年、名古屋出身。上智大学法学部卒業後、中日新聞社へ。93年に退社し、新党さきがけ入党。96年、民主党結党に参加。同年、衆議院議員に初当選。現在、6期目。衆議院外務委員会・環境委員会筆頭理事、衆議院総務委員長、環境副大臣などを歴任。現在、衆議院総務委員、党総務委員長、党愛知県連副代表、立憲フォーラム代表、原発ゼロの会共同代表、党エネルギー環境調査会副会長などを務める。

 

 

 【対 談】 "戦争できる体制つくらせない道を過たぬための地道な闘いを
 
12月6日、衆参両院での強行採決の末に特定秘密保護法が可決・成立しました。これは、政府が国民に対して恣意的に“秘密”を持つという、民主主義の根幹を揺るがす危険な法律です。憲法96条改正に失敗した安倍政権が、日本国憲法を空洞化させ、戦争のできる国にするためになりふりかまわない姿勢を明確にしてきました。私たちはこれにどう立ち向かっていくべきなのか。96条改正の動きを止めようと、今年4月に超党派の議員で結成された「立憲フォーラム」の代表である近藤昭一さんにお話をうかがいました。(12月12日対談)
 
 ■憲法の理念を検証し、提言する議員集団を■
 
阿部
 まず、どういう経緯で「立憲フォーラム」を作ろうとしたのかお聞かせください。

近藤
「立憲主義」とは、憲法に基づいて政治を行なおうとする考え方ですが、ご存じのように、日本国憲法の原則は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義。私はとくに、「平和」について関心を持ってきました。
 私は戦後生まれですが、父から勤労動員で行った工場で同級生を亡くした話などをよく聞かされました。また、私は若いときに留学していたのですが、そこで中東からの同じ留学生が、戦争のために母国へ召還されたりするのを目の当たりにした経験があります。
 そして、日本に目を向けると、すぐ近くに国交を結んでいない国があり、それ以外のアジア諸国とも歴史認識の問題などを抱え、決して安定した平和があるとはいえない現状がある。それなのに、自分たちの世代やそれより若い世代が平和問題をあまり論じない。
 そうしたことから、平和について真剣に取り組んでいかねばならないという強い思いがあり、政治家になってからも、外交や平和の問題に大きな重点を置いてきたつもりです。
 ところが昨年、第二次安倍政権が誕生し、憲法96条を変えて、憲法を改正しやすくしようとする動きが表面化した。そこには、9条を改悪して集団的自衛権を認めようという意図が透けて見えます。なんとしてもこれを防がねばならないと思いました。
 そこで憲法の理念を検証し、提言する議員集団を作る必要があると考え、仲間に声をかけてこの「立憲フォーラム」を設立しました。

阿部
 「護憲」ではなく、あえて「立憲」としたのには、なにか理由があるのですか?

近藤
 設立総会の会見で、 記者から 「『立憲主義』というのはわかりにくいのでは?」という質問がありましたが、そのとき私は、「むしろこの言葉の中身を説明していくことが大事」と答えました。もっともそれ以降、この言葉を盛んに使ったのはむしろマスコミの方でしたが……。憲法とは、国民の自由と権利を保障し、権力者の暴走を規制するものであって、安倍政権のやろうとしていることはその原則に反するという批判をメディアが展開した。これによって、立憲主義の重要性の認識が急速に浸透していったように思います
 
 ■福島での公聴会では陳述人すべてが反対■
 
阿部
 結果的に、この96条改正の策動は、国民の力で押し返すことができた。立憲フォーラムもその一端を担ったと思います。
 ただ、安倍政権は、次に特定秘密保護法案を出してきた。これは、大事なことを秘密の箱に入れ、国民から隠してしまうというもの。国民の知る権利や報道・言論の自由を奪い、為政者が思い通りに国を動かそうとする法律で、狙いは96条改正のときと同じです。この法案の議論の中で、再び立憲主義がクローズアップされていったように感じます。

近藤
 この法律が「国民主権」を弱めるものであることは明白です。だからたくさんの人が議員会館前や日比谷野音に集い、反対を叫んだ。ただ、もっともっと全国的に大きな反発が起きてもいいのでは、と思ったのも事実。
 その点でいえば、福島で行われた法案の地方公聴会は異例でした。7人の意見陳述人のうち2人は与党の推薦でしたが、それらの方含め全員が法案成立に反対、または慎重な姿勢を示しました。福島第一原発の事故の際、情報が十分に出てこなかったことにみな不信感を持っていて、この法律でさらに情報隠しが強まるのでは、という懸念を抱いていた。福島の人たちには、自分たちの主権が奪われたという「記憶」が確実に刻まれている。
 思うに敗戦直後も同じだったのではないでしょうか。情報を隠した政府によって戦争に巻き込まれた国民は、「同じ過ちを繰り返してはならない」という思いを抱いていた。でも平穏な時代の中、「記憶」が薄れていった。
 
 ■記憶と記録が父母その子どもが教訓■
 
阿部
 正直、私は日本人って、ものすごく忘れやすいんじゃないかと思う部分があって……。私は、南方で亡くなった戦没者の遺骨収集に取り組んでいますが、現地に行くと、遺骨がまだたくさん出てくる。戦後、日本は繁栄したけれど、遺骨を置き去りにしたまま、戦争の記憶をすべて忘れたかのように「平和平和」と言っているのには違和感を覚えます。
 そんな中で憲法96条改正の動きがあり、今回、特定秘密保護法案が出てきた。多くの日本人が健忘症になっていて、その上、歴史を知らない世代が社会の中心となり、すべてが流されている。すごく不安になりますよね。

近藤
 しかも、「記憶」が薄れたとき、「記録」が補って次世代へつないでいかねばならないのに、政府の戦争資料はきちんとは残っていない。阿部 先日の立憲フォーラムの学習会で、ノンフィクション作家の保阪正康さんが講演されたときの話ですね。ポツダム宣言の受諾直前、戦犯に問われることを恐れた当時の権力者たちが資料・記録の類を焼いてしまった、と。
 保阪さんは「記憶と記録が父母で、そこから生まれる子どもが教訓」とおっしゃっていましたが、まさに記憶と記録で日々思い返し、歩んでいかないと道をあやまってしまう。そして、いまそうなりつつある。
 
 ■いざというときにブレーキ効く仕組みを■
 
阿部
 国家安全保障会議(日本版NSC)創設関連法と特定秘密保護法が成立し、与党は来年、集団的自衛権の行使を可能にする国家安全保障基本法案を通そうとしています。

近藤
 「平和や人権が侵されるなんてことはまずない」と多くの人は思っています。けれど、いざというときに侵害へのブレーキが効かないと最悪の結果を招きます。ききほどの3点セットの法律が揃うと、秘密情報を持ったわずかな人間の判断で、国の方針が決まる。しかも国家安全保障基本法案には、その方針に国民が協力しなくちゃいけないと記されている。まさしく戦争ができる体制といっていい。
 すぐになにかが起きるわけではないかもしれませんが、法律が一人歩きしていくことは充分考えられます。治安維持法だって、最初は、国体や私有財産制を否定する運動の取り締まりを目的としていたものが、その後、あっという間に適用範囲を拡大していった。  こうしたことを多くの人に意識してもらいたい。政治家として、その注意喚起を地道にやっていかなくては、と思っています。







(「阿部とも子News ともことかえる通信No.47」2014年1月号に掲載)