保阪正康さん(ノンフィクション作家 評論家)と語る
 
保阪正康(ほさか・まさやす)さん
1939年、北海道出身。ノンフィクション作家、評論家。同志社大学卒業後、出版社勤務などを経て文筆活動へ。「昭和史を語り継ぐ会」を主宰し、日本近現代史の研究を続けている。主な著作に、『東條英機と天皇の時代』(ちくま文庫)、『あの戦争は何だったのか』(新潮新書)、『昭和陸軍の研究』 (朝日文庫) など。近作に『安倍首相の「歴史観」を問う』(講談社)、『昭和史のかたち』(岩波新書)。一連の昭和史研究で2004年、第52回菊池寛賞を受賞。

 

 

 日本史から検証する安保関連法制と安倍政権
 
9月19日、政府与党は、多くの国民の反対や憲法違反の指摘を振り払い、「数の暴力」で安全保障関連法案を可決・成立させました。その2日前に行われた平和安全法制特別委員会では、委員長の声が聞き取れない大混乱の中での強行採決。ノンフィクション作家の保阪正康さんは、こうした安倍政権の強権的な姿勢を戦時中の軍部の暴走と重ねて強く批判しておられます。昭和史の実証的研究のためにこれまで延べ4000人から聞き書き取材をしてきた保阪さんに、過去の歴史からなにを学ぶべきかご教示いただきました。


過去を教訓とし、未来へつなげる
歴史繰り返すな、戦争やるな
 
 ■日常が逆転する 軍事主導体制■
 
阿部
 保阪さんは今回の安保法制の成立で、なにが一番問題だと思われますか?

保阪
 安倍政権が、軍事主導体制に体を向け一歩足を踏み出したという点です。軍事主導体制とは、端的にいえば日常の価値観や倫理などが軍事に収斂していくことです。
 たとえば、戦時中、大学の卒業論文でヒューマニズムについて書いたりしたら指導教官に叱責されたでしょう。国家で総力戦をやり、敵を1人でも殺そうとしているとき、そんな論文を書くのは決して許されなかった。
 また、軍事主導体制のもとでは、軍にとって都合のいい、有益な人間が優先されます。特攻隊員として亡くなったのは、専門のパイロットではなく大学を途中でやめさせられて出陣した学徒か10代の少年飛行兵が圧倒的に多いのです。当時の軍事指導者たちにその理由を尋ねたら「1人の職業軍人やパイロットを育てるのにどれだけの金がかかってると思ってるんだ」と言うんですね。つまり、学徒兵や少年兵は金をかけていないから死んでもかまわないという発想です。
 広島に原爆が落とされたあとの死体処理を周辺の中学生や女子高生たちが担ったのも同じ理由です。近くの海軍兵学校には、心身ともに強健な若者たちがたくさんいましたが、彼らは1人も現地に行っていない。
 軍事のために人間が序列化、差別化される社会。そこに人間性などありません。

阿部
 人を人とも思わない、基本的人権もない――日本が、そういう国になるかもしれないということですね。
 
 ■司法・立法が 行政の下請けに■
 
阿部
 国会の場で野党議員に「早く質問しろよ」とやじをとばしたり、元最高裁長官が「砂川判決は集団自衛権行使の根拠にならない」と言っても聞かない安倍首相の態度について、保阪さんは「行政が司法や立法を従属させようとしている」と指摘しておられます。三権分立が崩れ、チェック&バランスが機能しなくなった戦時中の日本と似てますよね。

保阪
 当時の政権は「軍事独裁」と言われますが、正確には軍人が首相となり、行政府である内閣が軍事主導体制を敷いたということです。このとき、行政が立法・司法を下に置き、やりたい放題やった。安倍内閣はこれと同じ。このままいくと歯止めがきかなくなる。
 たとえば、今回の安保関連法制によって自衛隊員が海外へ派遣される際、隊員が拒んだらどうなるか、戦死したらどう扱うか、といったことを定めた軍法規が必要となります。そして軍法規に伴う軍法会議(軍事裁判所)がいるのですが、憲法が特別裁判所の設置を禁じているため、つくるのは不可能です。しかし、憲法を無視し続けている安倍首相なら、強引につくるかもしれない。

阿部
 一方で、行政の肥大化を止めるべく、立法府である国会の役割が問われていますが、政治が完全に空洞化・形骸化し、まったく機能していないのが実情です。

保阪
 戦前の日本も1938年の国家総動員法を機に、立法府が自ら行政の下請け機関となり、その後、政党解体へと進んでいきました。
 いまの国会もひどい状態です。これでは国民は頼るところがなくなってしまいます。


 
 ■独自の軍事学を 持たなかった日本軍■
 
阿部
 自衛隊の話が出ましたが、もし自衛隊が海外派遣されることになったとき、隊内で異議を唱えることができるのか、自衛官の人権は守られるのか、という点を危惧しています。というのは、自衛官の自殺者数は一般公務員の2倍で、多くは、隊内でのいじめや暴力が原因です。いまの自衛隊には人権や民主主義が根付いていないように思います。

保阪
 それは、独自の軍事学を持っていないからです。どの国の軍も、自国の歴史、地勢、国力、国民性、戦争体験などを踏まえた軍事学を持っていますが、日本にはそれがない。
 明治以降、陸軍はドイツの軍事学を取り入れていました。しかし、太平洋戦争を指揮したエリートたちは、その上っ面を丸暗記しただけで、思想も哲学もなく、結局、彼らに都合のよい軍事学にしてしまった。そこには国民の命を守る考えはありません。末端の兵士をなんとも思わないから、階級が下の者に対しては、徹底的に制裁を加えいじめぬいた。
 その空っぽの軍事学によって政治が振り回され、無謀な戦争が続いたといっていい。

阿部
 自衛隊のあり方をいまこそ議論する必要があります。自衛隊を民主化し、国民の手に取り戻すにはどうればいいと思いますか?

保阪
 まず、かつての日本軍を徹底的に解剖して、よくないところは全部捨てること。また、防衛庁の官僚や防衛大を出たエリートの中にも、安保法制に警鐘を鳴らしたり、戦争しない形の防衛論を説く人もいます。そうした人たちとともに日本の歴史と風土に根ざした新しい軍事学をつくるべきだと思います。
 
 ■この時代を 生きていくために■
 
阿部
 このような事態になったいま、私たちはどんなことに留意すべきなのでしょう?

保阪
 さっき述べたように、戦後築き上げられてきた平和な「日常」がいま壊されそうになっています。この時代にどう生きるのかという「方向性」をはっきり自覚しなくては、崩れゆく日常と一緒に流されてしまう。
 私は昭和史の検証をずっとやってきましたが、正直、これまで政治的主張はなるべく出さないようにしてきました。でも、安倍内閣が戦後民主主義を突き崩していく中、ここで自らの「方向性」を示さないのは不誠実な生き方だと考えるようになりました。私の「方向性」とは、自分が知りえたことを伝え、「歴史を繰り返すな、戦争はやるな」と訴える   ただそれだけです。

阿部
 同じように自覚をした人たちが、国会前で「民主主義とはなんだ?これだ!」と叫んでいます。何十年ぶりに仕事帰りで来た人もいれば、初めてデモに参加した若者やお母さんたちもいる。そこには、戦後民主主義とは違う、新しい民主主義の芽があるように感じます。おそらく、政府はこんなに根強く反対の声が続くと思ってなかったでしょう。

保阪
 一刻も早く国民の声を吸収して欲しいが、まだアンチ安倍の受け皿が弱いと思う。

阿部
 肝腎の野党は、まだ人々の声を拾い切れていません。私たちにとっていまが正念場です。庶民の小さな幸せを守るため、絶対に戦争をする国家にはしない、ということを民主党、あるいは野党全体で共有し、それを訴えれば支持してもらえると信じています。

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(「阿部とも子News ともことかえる通信No.51」2015年11月号に掲載)