第154回国会 憲法調査会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会
第3号(2002/05/09) 抜粋○阿部小委員 社会民主党・市民連合の阿部知子です。きょうは寺島参考人にお話を伺うことができて、大変楽しみにしてまいりました。
冒頭、私はまず、寺島参考人と同じ団塊の世代真っただ中で、そして、まだ議員になりまして二年弱でございますが、この仕事につく前は小児科医で、とりわけ思春期の子供たち、今日本の中でキレるとかさまざまな悪い方のレッテルを張られている子供たちの診療をしておりました。
その子たちと話し合いながら、つき合いながら、ある種時を一緒に過ごしながら、しみじみつくづく思いましたことは、こういう子供たちを生んだ、いわゆる私たち団塊の世代の親のあり方、あるいは日本の戦後のあり方、拝金主義であったり、家庭は、守ることは正しいことであるが、それが地域的広がりを持たない、あるいはある種の公共性を持たないというふうな非常に閉塞的な社会をつくってしまったことに、私もその世代の一員としての責任を感じておる者の一人です。
そして、先生の御本を拝読しながら、書かれているものの根底にあるのが、そうした我が国の現在の大人社会が、どのような政治的あるいは社会的責任、あるいはこの国の将来についてどういうメッセージを送るかという点がなければ、この国に未来はないという非常な決意によって書かれていると私は拝読しましたので、きょうはそういう観点も踏まえてお話を伺わせていただきたいと思います。
先ほど来の先生と委員の皆さんのお話を伺いながら、私もアメリカにおりました短い経験の中で、アメリカでは日本人のことを黄色いバナナと一言で言うと申します。外側は黄色いけれども、気持ちは白くなりたいと。どういうことを言っているかというと、アメリカについては非常におもねるといいますか、卑屈になる、そしてアジアの方々に対しては傲慢になる。私は、今もって、実は第二次大戦の敗北の総括をいたします折に、対米国やヨーロッパ諸国への敗北という観点はあったとしても、アジアの国々と我が日本がどのような関係であの敗戦を迎えたのかということについて、日本がきちんと意識に上らせていないと思っております。
そして、せんだって、ジョン・ダワーという方がアメリカでピュリッツァー賞をお受けになった「敗北を抱きしめて」、非常にいい御本ですが、私は、あれが日本人によって書かれなかったという日本の現在に非常にじくじたる思いを持つものであります。
そこで、先ほど憲法との関係で先生がおっしゃいましたが、特に憲法九条第二項、これは自衛隊の存在において、ある種のごまかしがあると。私も、確かにあると思います。自衛隊という存在を、ある言い方では違憲合法というふうな言い方でとらえてまいりましたけれども、この自衛隊というものの存在。
せんだって、私は、アフガニスタンが空爆されている最中にパキスタンに参りましたところ、パキスタンで乗ったタクシーの運転手さんから、ジャパニーズアーミーと一言でぱっと言われまして、ジャパニーズアーミーが今度ここに来てアメリカと共同行動をとるのかい、こういう簡単な問いでした。我が国では、セルフディフェンスフォースとかいう言い方である種ごまかしでもございますけれども、やはりこの点は今後明確にしていかないと、果たして我が国がどういうものとして、特に私は、パキスタンとかアフガニスタンも、広くとればアジアというユーラシアの問題としてとらえておりますから、アジアの諸国に対しての過ち、誤解、そして亀裂を生んでまいると思います。
そこで、先生が九条二項については改正の方向であるべきだという御意見をお持ちなことを踏まえた上で、私は、その前になすべきことがあるのではないか、特に対アジア政策において、その点について一点お聞かせくださいませ。
○寺島参考人 おっしゃるところ、非常に僕もよくわかります。その前にやらねばならないことをやっていないなという意味、大いにわかります。
ただ、私の議論というのは、自衛隊の存在というものを、自衛隊という名前で呼ぼうが呼ぶまいが、国際社会が、これが日本が持っている軍事力だと認識しているということはおっしゃったとおりで、そこに関連して、例えば、中学、高校生ぐらいのレベルでも、憲法というものをまじめに読む子供がいたら、さっき申し上げたように、この国の大人社会には巨大なごまかしがあるということに気がつかないわけがないと思うんですね、言葉で幾ら言いくるめても。そういう中で、大人が何に向かって闘っている国なのかということが見えていないから、大人社会がまるで尊敬されていない。これが、僕も中央教育審議会の委員もやっているんですけれども、あらゆる教育の議論の根底に登場してきちゃうわけですね。
そこで、この国の外交に関する議論で非常に隔靴掻痒なのは、国益概念の鮮明化という議論なんです。という意味は、アメリカのあらゆるレポート、例えば、去年の十二月に出た、ランド・コーポレーションがペンタゴンの委託を受けた「アメリカとアジア」という大変重要なレポートが出ています。あの種のレポートをごらんになっているからおわかりかと思いますけれども、最初にオブジェクティブス、要するにアメリカにおける優先すべき国益概念とは何かということ、例えば、東アジアに覇権国をつくらないとか、ばんと明確に出ているわけですね、目標概念が。日本は、その種のことはなるべくはっきりさせないで、何だかわけのわからない、結果としての政策だけが出てくるように、オブジェクティブが、つまり目的がはっきりしない。国益が何なんだかよくわからないような状態でもって議論が進んでいる。
先週も僕は驚いたんですけれども、北京へ行って、GPS、つまりアメリカの軍事衛星が二十四個地球を取り巻いて、その衛星をただで使わせてくれて、日本は今カーナビゲーションを動かしているわけです。欧州は、御承知のように、アメリカのGPSに依存していたのでは問題もあるということで、今度自前のGPSを打ち上げるということで、ガリレオという衛星を打ち上げることにしました。中国も、今はアメリカのGPSを使わせてもらって勉強しているけれども、やがて自前のGPSを打ち上げるんですよということを言っています。
日本は、全くそういう議論がないですね。この国におけるIT戦略というのは、インターネットをどうやって普及させるかという程度のことをIT戦略などと言って議論しているようなレベルです。ITについても、これは事例として申し上げているわけですが、国益概念というものが甚だ不鮮明な状態で、アメリカがただで使わせてくれるなら便利で結構だからいいじゃないかという話になっているわけです。GPSの基本というのは、今度のKDDIのGPS携帯電話が示しているように、逆探知できるということが物すごく重要で、国会議員の先生たちがGPSに依存してカーナビゲーションを積んだ車で動き回っているとしたら、だれが今どこを動いているのかということが掌握できるシステムだということなんですね。
そういうことに関して、高度の国家戦略というものが、さっきエネルギーとか食糧とか申し上げましたけれども、ITについても、技術についても必要なんですね。
そういうときに、僕が申し上げたいのは、国家が国家であるために、あるいは民族であるためには、やはりきちっとしなければいけない線引きにおいて、これはエネルギーにおいて特にそういう体験をしてきたわけですけれども、夢見る乙女のような話じゃないんですね。激しい陰謀が錯綜しているような世界の中で、日本人が安定的に発展していくシナリオというものを責任持って書いていかなきゃいけないんです、リーダーである人たちは。
そういう意味で、軍事という問題についても、僕は何も軍事大国なんかを目指すべきなんて全く思いませんし、非核平和主義の徹底ということこそ多国間の外交における基本理念だということをもって、アメリカとも、あるいは欧州の国々ともきちっと対応していかなければいけない、あるいはインドとか中国なんかとも対峙していかなければいけないというふうに思っています。
そういう意味合いにおいて、私がなぜ、それじゃ、例えば九条問題についてさっき申し上げたようなことを言ったのかというと、つまり、国益概念というものに対するこだわりがあるからだということなんです。普遍的な価値を探求する気持ちと、それから高度の国益性を持ってこの国の人たちを安定的に生活させていかなきゃいけないということに対する責任感がなければだめだろうという問題意識から、今申し上げたようなことになっているわけです。
○阿部小委員 ありがとうございます。
私は、本当はあと一点、先生が世界に発信しておられるトービン税という為替取引のことに関する課税を伺いたかったんですが、時間がございませんので、また別途改めて、ありがとう存じました。
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