第154回国会 厚生労働委員会 第4号(2002/03/20) 抜粋

議事録全文(衆議院のサイト)

森委員長 次に、阿部知子君。

阿部委員 社会民主党・市民連合の阿部知子です。皆さん遅いお時間まで大変御苦労さまです。

 冒頭、月曜日、三月二十五日に、ヤコブ病の和解調停、調印がございます。これまで、坂口厚生労働大臣にあっては、非常に誠意ある解決に向けての御努力をいただきまして、まず冒頭、心からお礼を申し上げさせていただきます。

 引き続いて同様の、やはり坂口厚生労働大臣の誠意ある御指導によって、いま一つというか、二つも三つもですが、解決していただきたい事例がございますので、質問に移らせていただきます。

 実は、議題というか、私のお願いしたい一点目は、千鳥ケ淵の墓苑のことでございます。

 大変恐縮ですが、坂口厚生労働大臣には、ぜひ、この銅板のような、お名前の入りました、陸軍軍医大尉酒井達夫さんという方のネームプレートをちょっとお手にとっていただきたく存じます。できれば狩野副大臣にもお願いしたいですが、おられませんでしたら、坂口厚生労働大臣にお願いいたします。

 私が今お手元にお渡しいたしましたのは、実は、現在、三月十二日から二十三日の間に、インドネシアのビアク島というところに遺骨収集団が行っておられますが、昨年、同じ島に行かれました遺骨収集団が発見されたものでございます。そうして見ていただきますと、非常に古いもののように、確かに五十数年前のものでございますが、そのような形で現在なお発見されるような状況に多くの遺骨が置かれておるということです。

 そして、あわせて、お手元に資料で配らせていただきました写真がございますので、委員の各皆さんはお目を通していただければと思いますが、実は、写真の一番上にいろいろ、小道具類と申しますか、いろいろな道具と一緒に注射器とかアンプルとか歯がございます。これが酒井陸軍軍医大尉のそのネームプレートが見つかった横で同時に発見されたものでございます。これが昨年、昨年現在でもこのようなものがまだまだ発見されるというのが実は遺骨収集の現状でございます。

 そこで、冒頭、お伺いがございます。海外での戦没者、二百四十万と言われておりますが、そのうち日本にお帰りになった遺骨、百二十四万でしょうか。まだ百十六万余が、恐らく、発見されることを待ちながら、故郷に帰っておられません。これまでの厚生労働、昔は厚生省でございましたでしょうか、援護局で行ってこられた遺骨収集の進展の現段階についてお教えくださいませ。

真野政府参考人 戦没者の遺骨収集でございますが、これまで、海外戦没者、先生おっしゃるとおり、私ども約二百四十万人と推定をいたしておりますが、昭和二十七年から南方地域におきまして収集を開始いたしました。また、平成七年度からは旧ソ連地域における抑留中死亡者の遺骨収集も実施をいたしまして、先生おっしゃられました約百二十四万柱を本邦に送還をいたしております。

阿部委員 私が伺いたかったのはそのようないいかげんな答えではなくて、さきの参議院のときの共産党の井上議員の御質問の中にもありましたが、例えばパプアニューギニア等々では、まだ、恐らくそこで亡くなられたであろう御遺体の数から比較して、現実に私どものもとに帰ってきた御遺骨は四〇%弱であるというふうな御答弁がございました。

 各方面別に、どのくらいの御遺骨が帰ってきておるか、そのことをきちんと方面を分けてお教えくださいませ。

真野政府参考人 方面別というのを先生のお話と調整をしておけばよかったのでございますが、私ども、かなり地域的には、例えば硫黄島でございますと、概数二万百人の戦没者と思っておりますが、そのうち遺骨が送還された方々は八千三百三十柱と、我々は決してその地域の状況をないがしろにしているわけではございませんで、我々としても、その地域の状況、戦没者の状況それから遺骨の送還の状況を把握いたしております。

 ただ、それぞれ戦没された地域の状況によりまして、なかなか遺骨の収集が難しい地域もございますので、そういう意味で進捗していない地域もある、それはそのとおりでございます。

阿部委員 では、それぞれの地域とおっしゃいましたが、そのようなまた漠然なお答えではなくて、地域ごとにおのおの困難を抱えている事態があると存じます。

 例えば、きょう写真をお回しいたしましたが、この頭蓋骨(とうがいこつ)、世で言う頭蓋骨(ずがいこつ)ですね、これも昨年ビアク島で発見されたものでございますが、例えばこの地域ですと、周辺住民の方々が、やはり日本の戦時下でのいろいろな出来事について、必ずしも今、遺骨収集ということについて了解できない、そういう国民感情をお持ちの地域もございます。

 援護局としてやはりなさるべきは、各地域地域の実態、何が障壁になっているのかをもっときちんと把握、御答弁いただかないと、まだわずか半分しか、五十七年経て半分ちょっとしか帰っていないわけです。もしも自分の親族であればこのような悠長なこと、先ほど、救急救命士問題、十年あたら命を失ってきたことが指摘されましたが、五十七年といえば、御遺族はしっかりとお年を召されます。その中にあっておやりになっているお仕事ですから、もう少し明確な、地域ごとの困難性についての御答弁をお願いいたします。

真野政府参考人 なかなか難しい地域、相手国のあることでございますので、詳細な説明もなかなか難しい点がございますが、一番収集がおくれているといいますか、進んでいない地域は、中国でございます。これはもう当初から、中国の国民感情からなかなか認められないという状況にございます。

 また、北朝鮮につきましては、これは外交関係が樹立されていないというふうなこともありまして、現状では非常に難しい状況にございます。

 また、ミャンマーでございますが、これは、相手国の治安上の理由、昭和三十一年とか四十九年前後には遺骨収集をいたしたわけですが、その後許可をされていないというような状況もございます。平成六年度以降は、遺骨の所在が明らかになった場合につきまして遺骨の収集の派遣団が認められておりますけれども、ミャンマーの一部地域については治安上の理由から立ち入りの許可がおりないというような状況もございます。

 このほか、先生御指摘のパプアニューギニアにつきましても、なかなか難しいという状況でございましたが、いろいろ折衝をした結果今年度から遺骨収集が実施できるようになったということで、いろいろな地域につきまして、私ども今後ともそういう努力を積み重ねていきたいというふうに思っております。

阿部委員 この問題について、坂口厚生労働大臣に一点お伺いいたします。

 参議院での御質疑の中でも、坂口厚生労働大臣のお兄様がインパール方面、インパール作戦のときにお亡くなりあそばしたという御答弁もございましたけれども、やはり皆遺族は高齢化してまいっております。今、私も援護局の方に何度も追い打ちをかけるように聞きましたが、やはり本当に早い対応をしていかないと、遺族すら亡くなられてしまう。

 きょうまた、この御遺族の方へのいろいろな恩給等々のお話をする場でございますが、その御遺族自身が毎年三千人から減っておられる、御高齢になるということでございますので、坂口厚生労働大臣の方から、時局の困難をいろいろきちんと分析されて、全体に遺骨収集のスピードをぜひとも速めていただく、そのためのありとあらゆる方策、またこの次の委員会でも結構でございますから、御検討いただけますや否や、御答弁をお願いいたします。

坂口国務大臣 遺骨収集につきまして、さらにひとつ努力をしたいと思います。

阿部委員 引き続いて、その収集された遺骨の取り扱いについてお伺いいたします。

 千鳥ケ淵墓苑ができまして、昭和三十四年から現在に至るまで、収集された遺骨の納骨にかかわります作業のあらかたの経緯を年代別にお教えくださいませ。

真野政府参考人 ちょっと質問を把握し損ないましたが、あらかたの経緯というのはどういう内容の部分でございましょうか。

阿部委員 これも一応質問予告はしたつもりですが、昭和三十四年から四十一年、四十二年から五十年、五十年代以降、平成二年以降、平成十一年以降、おのおの差異がございますが、その内容にわたっての御答弁をお願いします。

真野政府参考人 申しわけございません。

 少し先生の御質問と違うかもしれませんが、昭和三十四年当時、竣工当時は、各戦域の遺骨収集をいたしまして、そして収集いたしました遺骨を地域別に分けて納骨をいたしておりました。ただ、それは、収集した遺骨の一部をいわば象徴遺骨として納骨をいたしておりました。

 その後、四十一年以降、収集する遺骨の数がふえましたので、そういう分野別の納骨をしなくなってきております。

阿部委員 少なくとも援護局で御責任のある立場であれば、きちんとした御答弁をいただきたいです。

 今の御答弁には誤りがございます。なぜならば、四十二年以降は、遺骨の一部じゃなくて、数とおっしゃいましたが、数とは何と失礼な、全体を持って帰るようになったわけです。そして、五十年までは方面別に一応区分けされていたけれども、五十年代以降は六方面別の区分けが不可能になった。これは私どもで質問主意書も出しましたし、各部局きちんと、遺骨にも本当に失礼だと思います。

 御答弁は正確に、明確にお願いいたします。それに基づいて私が再質問いたしますので。今のようなあいまいな御答弁、非常に心外に思いますし、失礼に当たると思います。その失礼さが今日この御遺骨の取り扱いにあらわれていると私は思います。

 一回現地で遺骨を集め、焼きます。そこから、初めは一部をとってきた。今では、全部を持って帰ってきて、その後、我が国で約一年間保存した後、再焼骨、もう一回焼いていらっしゃいますが、それはいつからお始めになりましたか。

真野政府参考人 遺骨を持ち帰るということで、私ども、その後、厚生労働省の方に仮安置をいたしておりますが、そういう取り扱いをしたときからそういう形をとらせていただいております。

阿部委員 そういう取り扱いをしたときとはいつですか。

真野政府参考人 そういう意味では、当初、海外で遺骨を収集し、そして私どもが仮安置をするということですから、一番最初の、海外の遺骨の収集の最初のときからそういう取り扱いをしているということでございます。

阿部委員 本当にそれが援護局長の御答弁でしょうか。

 最初は一部を持って帰ってこられて、そのときは再焼骨はしていないのです。きちんとお調べください。偽証です、これこそ。死人に口なしです。言えないんです、遺骨は。いつから再焼骨をなさいましたか。

 また、私は再焼骨するときの温度も聞いてございます。理由は、骨が本当に、かさが十分の一から、もっと言えば五%になるほど今の焼却方式では少なくなります。それがいつから始まったのか、このことをちゃんと御答弁ください。質問は通知してあります。

真野政府参考人 焼骨の温度がどういうことかという御質問は確かに受けまして、私ども調べましたら、再焼骨いたしますけれども、それは通常の焼骨をする温度と同じでございます。

阿部委員 それも何度と明確にお願いいたします。通常とか、先ほどから極めてあいまいな答弁。そして、いつからと言ったら、いつです、答えは。それくらいの答弁ができなくて、毎日この大切な遺骨を扱っている部局の長が務まるはずがありません。本当に私は、遺骨が何も言えないから、これだけ私が声を大にして言っているのです。そして、現実に、本当にまだ半分、百十六万、残った遺骨が先ほど見せたこのような状態で待っているわけです、祖国に帰りたいと。このことについて、余りにもいいかげんな姿勢だとは思われませんか。

 きょう御答弁いただけなかった分は、私も時間がもったいないので質問主意書で出させていただきますので、文章できっちりお答えください。そのときには御自身も学ばれるでしょうから。

 そして、私がもう一つ聞いたのは、再焼骨によって一体容積はどのくらいに減るのかということでございました。

 なぜ私がこういうことを聞いたか。皆さんのもとにはカラーでなくて恐縮ですが、実はこれは、去年私が行きましたときの拝礼式、五月二十八日の拝礼式の場で撮影したものでございます。千四十二体を再焼骨いたしまして、このような七十二個の小箱に分けます。七十二個の小箱をさらにアルミ缶にがさがさっと一緒に入れて、このマンホール用の穴から、お骨を、裏の六角堂の後ろのいま一つの墓地におさめておられます。

 皆さん、もし自分の御遺族が、自分の親族が、まず、千四十二体が七十二箱にここで一緒にされる、そして、その後、このアルミ缶の中にぞろぞろと入れられる。皆さんは、御親族が亡くなられたとき、やはり骨つぼというのを、当たり前ですが、できれば一体分は一体で、これが当たり前の埋葬方法でございます。再焼骨してこれだけにした上で、また合わせて缶々に入れておろしている。

 このような形が本当に御遺骨あるいは亡くなられた方々に礼を失していないとお思いでしょうか。坂口厚生労働大臣、お願いします。

坂口国務大臣 私も、詳細について存じないところがございますので、このお亡くなりになりました皆さん方に対して失礼のないようにしたいと思います。

阿部委員 その段取りを、ぜひともことしの拝礼式の前にやっていただきとうございます。

 どのような形で遺骨が扱われているのか。このことは本当に、これは実は、御遺族というか、遺骨収集にボランティアで行っていられる方々が写真を持ってこられました。私も現場に連れていっていただきましたから、そのとき初めて、去年知りました。そして、去年ここで知ったがゆえに、坂口厚生労働大臣に、実は、千鳥ケ淵には六角堂以外に、裏にもう一つ新たな墓地が、墓地といいますかアルミ缶収容所が置かれていることを御存じですかということをお伺いいたしました。そして、そのとき坂口厚生労働大臣は、前向きにこの問題はぜひとも解決しなきゃいけないとおっしゃってくださいました。それであるがゆえに、私は、一年間、どう解決されるか見ておりました。

 しかしながら、厚生労働大臣もお忙しゅうございます。やはり担当の援護局がきちんと御遺族たちの声を聞いて政策に反映させる努力をなさらなければ、幾ら有能な坂口厚生労働大臣でも、実際に見て、見ないものはわからないのです。

 ことしの拝礼式前に、必ず現状を坂口厚生労働大臣に御報告ください。よろしいでしょうか、援護局長。

真野政府参考人 私ども、遺骨の納骨につきまして細心の注意を払っているというふうに思っておりますけれども、今大臣からの御指示もございましたので、その方法につきまして大臣に十分御相談をして、説明を申し上げたいと思います。

阿部委員 今、細心の注意とおっしゃいましたが、このような形で扱われることが自分の御親族だったらどうかというふうに、当たり前の人間に戻って考えてください。それがなければ、どんな美辞麗句もいい政策にはなりません。

 引き続いて、DNA鑑定のことでも一点お伺いさせていただきます。

 先ほどの質問で狩野副大臣の方からお答えがありましたが、現在四千体近くがDNA鑑定を待っておられます。この国を出ていくときは名前があったのに、この国に帰ってからは無名になってしまった御遺骨です。でも、このDNA鑑定によってお名前が判明するものもあるはずです。

 そして、先ほどの御答弁では、いろいろな倫理的、技術的側面に検討を加えているからということで、明確な御答弁ではなかったと思います。もしも御自分の御遺族であればと考えたときに、DNA鑑定はどのような形で推し進められるべきか。

 実は、九月十一日のアメリカのツインタワービルのテロの後にもDNA鑑定がなされ、そして、オーストリアでトンネル事故で百五十五人が亡くなった際にも、すべて、即座にDNA鑑定がなされ、御遺族に返されました。

 五十七年間、今、私たちは新たな技術を手に入れました。そのことについて、坂口厚生労働大臣、ぜひとも前向きに、より迅速に、このDNA鑑定を我が国の現状に生かすよう、特に、御遺族は、何度も申し上げますが高齢です。ぜひとも御決意のほど、お願いいたします。

坂口国務大臣 DNA鑑定につきましては、一つの有力な方法だというふうに私も思っておりますが、現在、戦没者遺骨のDNA鑑定に関する検討会を設置して、今議論を進めているところでございます。間もなく議論も集約されるということでございますので、早く、それに従いまして、このDNA鑑定も行いたいというふうに思っております。

阿部委員 沖縄で亡くなられた方の御遺族で現在DNA鑑定を待っておられるおじいちゃまは、九十四歳でございます。一刻も早く、一秒も早く、やはり御遺骨を返すべきところに返してあげていただきたいです。

 そしてもう一つ、実務サイドにはお願いがございます。

 御遺骨になられた方は、つめで御遺骨とDNAの合致がわかる場合がございます。そのような知識を御遺族はお持ちでない場合もあります。もしDNA鑑定を前向きに進めようとするのであれば、御遺族の皆様に、亡くなる前、亡くなって焼いてしまえば御遺族もつめもありませんから、そのような働きかけ、アナウンス、情報の伝達をぜひとも実務サイドでなさってください。御答弁は結構です。

 引き続いて、恐れ入りますが、坂口厚生労働大臣にもう一点お願いがございます。いわゆる在外被爆者、特に韓国の被爆者問題でございます。

 さきに坂口厚生労働大臣は、八月三十日に韓国を訪問されて、日本政府は居住国に関係なく被爆者たちが同等な待遇を受けるべきであるという原則を持っておる、日本に帰ったら最善を尽くすとお述べになりましたが、お気持ちにお変わりはないでしょうか。

坂口国務大臣 在外被爆者の問題につきましては、昨年後半、検討会もしていただきまして、一つの結論も得たところでございます。

 このことにつきましては、きちんと決着をつけなければならないというふうに考えております。

阿部委員 その八月三十日の坂口厚生労働大臣の訪韓を踏まえて、昨年十二月十八日に発表なさいました二枚の坂口厚生労働大臣のペーパーがございますが、おおむね三年以内にすべての在外被爆者が日本に来て被爆者手帳を取得できるように交付するとございますが、これは、例えば八十歳以上で日本に来るのが非常に難儀な方もおられます。そういう点については、日本に来ることすらできない方については、どのようにお考えの上での御発言でしょうか。

坂口国務大臣 多分そういう人もおみえになると思いますし、もっと年齢はお若くても、病気等でなかなかそうもいかない人もおみえだというふうに思いますが、その人たちに対しましては、現地調査でその代替にしたいというふうに思っております。

阿部委員 いわゆるその方針の前提には、被爆者手帳が日本国内のみで有効であるというところをどのようになさるかということもあると存じます。ただ、今大臣の御答弁は、必ずしも来日を迫るものではないというふうに受けとめさせていただいて、そのような方向によろしくお願いいたします。

 そして、あわせてですが、実は坂口厚生労働大臣の御見解を二月二十八日に長崎県並びに長崎市の担当者が韓国に持ってまいりました。そして、韓国保健福祉部、大韓赤十字社並びに韓国原爆被害者協会本部を訪れまして、そのペーパーの内容を伝えました。

 ただし、この伝えられた韓国原爆被害者協会の見解では、「この間、当協会が日本政府に対して要求してきたとおり、在韓被爆者がたとえ日本に居住していなくとも、在日被爆者と同等に日本の被爆者援護法の適用を受けることができ、また、二〇〇四年には枯渇することが予想される医療基金が、引き続き維持されるように、日本円で九十億円の追加支援が行われるという、日本政府の確約が得られるまで、日本政府の在外被爆者健康手帳発給事業に対する当協会の賛否の見解を示すことは、保留する。」という見解が届いております。

 もうすぐ厚生労働省にも正式に届くものと思いますが、このような相手国の見解について、坂口厚生労働大臣の御答弁を賜りたいと思います。

坂口国務大臣 今私のもとには来ておりませんし、どういう内容かはよく存じませんけれども、それはちょうだいをしましてから精査したいというふうに思いますが、これからどうするかということの最終決着をつけなければならない問題でございますので、トータルでそれは考えていきたいというふうに思っております。

阿部委員 私に寄せられました情報では、二〇〇二年の四月一日から今回予算措置した五億円の問題をとにかく手続しなければならないのでという形で日本側が急がせたことへの返事がこの見解でございますので、正式なものが届きましたら、また坂口厚生労働大臣に改めて御尽力をいただきたいと思います。

 ちょうど戦後五十七年たち、埋葬問題も本当に、実は埋葬者の中にも身元がわかっておられるのに千鳥ケ淵の無名のお墓に入れてある方もございます。実は、日本に墓苑と名のつくものは二つあっても、これは墓地埋葬法の扱いでは墓地ではございません。このような不正常な状態も、やはり国としてきちんとした墓地、墓地埋葬法に基づく墓地をおつくりいただくことによって、名のある人には名のある石碑を建てられる状態が来ると思いますが、最後に恐縮です、一点だけ、坂口厚生労働大臣に、このことへの御見解もお願いいたします。

坂口国務大臣 そうした問題も含めまして、今後ひとつ、お亡くなりになりました皆さん方に失礼でないようにしていきたいというふうに思っております。

阿部委員 どうか重ねて御尽力をお願いいたします。終わらせていただきます。

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