予算委員会 第14号(平成20年2月26日(火曜日)) 抜粋 案件:
政府参考人出頭要求に関する件
平成二十年度一般会計予算
平成二十年度特別会計予算
平成二十年度政府関係機関予算
〔前略〕
○遠藤(利)委員長代理 これにて高橋君の質疑は終了いたしました。
次に、阿部知子君。
○阿部(知)委員 社会民主党・市民連合の阿部知子です。
本日は、たくさんの皆さんが医師不足問題をお取り上げくださいました。私も、医師になったのは一九七四年でありますから、自来三十年以上、本当に、医師不足という問題がいつこの日本の政治の場できちんとした答えを得るのか、心から待ち望んでおりました。きょうがそうした発端になればという大きな期待を込めて質問をさせていただきます
。 私がこのように申しましたのも、現在、この医師不足という問題は、社会崩壊にまで至るような極限にまで来ている、雪崩はもうすぐそこに来ていると思います。
私は、先回の総理のおられる質疑の際にも救急医療のことを取り上げさせていただきましたが、そのときに申し上げましたように、私が新聞紙上で知り得た救急車のたらい回し問題は十二件であったと申しました。それは、ことしの一月の下旬までの約一年半の数でございます。その後、二月にまた二例、救急搬送のたらい回しで亡くなられた事案が報道されております。
二月十日付の新聞では、千葉県の山武地区というところで、五十六歳の男性が受け入れを十五回拒否された。おうちで発見されたときは既に心肺停止であったので、心臓がとまっていたかわかりません、意識と呼吸がないということで救急車が駆けつけて、いろいろなところに問い合わせたが、どこも受けてくれないから、ついにはドクターヘリをお願いした。そうしたら、ドクターヘリは心臓も呼吸もとまった人は運ばない。それで運ばれませんでした。そこで、また救急隊は必死に周辺を探して、やっと受け入れてもらった。心マッサージを続けながら、本当に必死だったと思います。受け入れていただいたけれども、四十分後に死亡した。五十六歳男性。
もう一方ございます。これは二月十九日の報道ですから、恐らく十八日だったと思いますが、東京の小平市で、これも、六十一歳の女性が公立昭和病院というところに、心疾患、心臓がお悪くて、カテーテル検査などをしておかかりであった。午前中かかられたけれども、お帰りになってから容体が悪くなって、御家族としては当然かかっていた病院だから受け入れてほしいと救急車で運んだけれども、医師は他の処置でとても手が回らないということでお断りになって、結局この患者さんも亡くなられたということです。
実は、この公立昭和病院は、去年の暮れも清瀬市からの患者さんの搬送を断った。そう聞くと、この公立昭和病院が悪いんだろうかと思うと、私は決してそうではないんだろうと思います。 実は、この前も話しましたが、三十年前、私の母もこの病院に運ばれ、受け入れられず、亡くなりました。私は、あの悪夢がもう一度よみがえってきたような気持ちでこの救急問題は質問をしております。そこまで医療現場が追い詰められているんだということでございます。
そのほかにも、いわゆる三次救急、どんなときにも命の最後のとりでという三次救急が実は一つまたつぶれました。これは、北海道の室蘭市の日鋼記念病院というところが、全国で初めてだと思いますが、三次救急の救命救急センターを廃止されました。救命救急は、何度も言いますが、最後のとりでで、国の施策で一生懸命つくってきて、でも、人がおやめになって閉じざるを得なかったということであります。
そこで、毎日新聞の調査を御紹介します。皆さんのお手元には印刷物になっておりますが、こちらのパネルをごらんいただきたいと思います。
このように、本来は断ってはいけない、断るはずもない、断る想定外であることが多発している三次病院の実態。二百三カ所に、なぜ要請を断る例が増加したかということを毎日新聞がアンケートし、百二の病院から報告を受けたそうです。
医師、看護師不足が一番多い理由。二番目は、二次病院の受け入れが減少しているので、自分たちのところに来る前に行っていただきたい方が全部来てしまう。あるいは、後方病床への転送が困難というのも、これも実は二次病院のことであります。三次は一生懸命救命救急して、少し容体が安定されたら帰したい、だけれども、帰れない、帰せない。これは後ほど伺いますが、公立病院を中心とした二次病院の疲弊。そして、三番目が救急患者の増加。四番目、その他となっております。
どう見ても、例えば三次救急がつぶれるのも医師がいなくなっていることだし、受け入れるはずの、受け入れなければいけない国の仕組みの中の三次救急が断っている理由も医師不足であるということであります。
舛添厚生労働大臣に伺います。
私は、先ほど皆さんがお取り上げになった、厚生労働省がつくられた平成十八年七月二十八日発表の医師の需給に関する検討会報告書というのを見ると、本当に心から怒りが沸きます。ほっておいて、医師が減っていっているのを横目に見て、今日まで、このような状態が来るまで置いておいたのかと、怒りにも等しいものを覚えます。
昭和五十八年、厚生省保険局長が医療費亡国論というのを発表なさいました。医療費が上がれば国が滅ぶ、医療を提供しているのは医師だ、医師の数を抑制しよう、それが昭和五十八年から始まった取り決めでありました。その中でこれは、それを踏襲しながら、昭和百年、平成三十七年には、舛添厚生労働大臣がさっきおっしゃった医師のホームレスという、余りいい言葉じゃないけれども、そういう書き方じゃないけれども、医師が余るだろうと。
平成三十七年、昭和百年には一体日本の医師は十万人対何人になると厚労省は予測していたんでしょうか。まず、それをお願いします。大臣が御存じなければ原局の方でお願いします。
〔遠藤(利)委員長代理退席、委員長着席〕
○舛添国務大臣 ちょっと私の手元にも資料がないので。申しわけございません。(発言する者あり)
○阿部(知)委員 今、中山先生からも御指摘がありましたが、先生、知らないのと。どこにも出ていないんです、なぜ過剰と試算されたのか、何人なら過剰なのか。私はこれを実は一生懸命読みました。
そして、私がここで申し上げたいのは、昭和五十八年といえば一九八三年で、欧米諸国は医療がそれからますます高度化し、専門分化し、高齢社会がやってくるということで、そのことを先取りして医師の養成数をふやしていった。そのときまでは日本と欧米の医師の数は、例えば十万人当たりで、そうそう遜色のない百五十人という数でした。しかし、ここから、現在、欧米諸国、OECD諸国は十万人当たり三百人にふえ、我が国は二百人と、微増だと思います。
私は、高度化した医療、専門分化して病院で診療をつかさどっていれば、今、大変に失礼な言い方ですが、回転ずし状態で患者さんは回っていきます。どういうことかというと、入院日数を短くしろ、短くしろ、短くしろと言われる中で、私たちは日夜働きます。手間暇はもう本当に三十年前とは雲泥の差です。それを、ほとんど増加していない人数、まして、大臣も御承知のように、女性医師がふえて、現場の臨床力は減っています。その中で、みんなくたくたになってきたと。
私は、きょう御答弁がいただけなければ、厚生労働省は、平成三十四年とか三十七年の医師の数を、これは二〇二二年、そこまでいったら一割以上が余っちゃうんだという数は、一体幾らと試算されていたのか。
そして、私は、本当はもうちょっとたってから総理に伺おうといたしましたが、我が国は今、クールアース50、安倍晋三前総理のときの目標ですが、環境問題でも何でも、今は大きな目標を前に立ててそこに向かって計画的に政策をプログラムしていく、そういう時代なんだと思います。道路の特定財源問題も、十年間で五十九兆、この試算は、私どもは、おかしい、おかしい、これは違うでしょうとやってきました。
さて、医師は今後十年間かけてどのくらいの数まで、私はOECD平均並みを求めます。それは、OECDにまさる医療を我が国はやっているからです。ここで、道路の目標は立つのに、十年間、五十九兆、一万四千キロ、なぜ医師の数の目標は立たないのか。大きな目標がなければ、大きな見通しがなければ、小手先だけの、本当につけ焼き刃的な医師対策では、私は実は実らないと思います。
総理に伺います。OECDのことは、総理も、きのうまで韓国にもいらしていたし、世界にいろいろお出かけだし、サミットのこともございます、一番世界に目が開かれたお立場にあると思います。果たして十年後、我が国の医師はどこまでふやせばいいのか、目標は何なのか、どうお考えですか。
○福田内閣総理大臣 OECDの中でも医師の数が少ない、こういうふうなことになっておりますけれども、また医療費も少ない、こういうことです。これは、その国々によって制度が違いますので一概に比較することはできないかもしれないけれども、高いと言うわけにはいかない、こういうふうな状況だと思います。
今、現実問題として、医師が不足をしているというふうに言われております。これは、毎年医師はふえているんでしょう。だけれども、今現在を見ると不足をしている。こういうふうな状況にあるので、そこを起点にして将来どうするかということです。
今おっしゃった推計の仕方として、今までは過去の延長線上で、延長を引っ張って将来を予測する、こういうことがありました。今おっしゃったように、今、時代の変化というか、変化の激しいところですから、そういうようなときには、バックフォーカシングというんですか、逆に、そういったような推測の仕方、政策の決定の仕方というのが当然あってしかるべきですよね。
しかし、それで正しいかどうか、正しいことができるかどうか、それは私がここで申し上げる自信は、特に医師の場合に、自信はありません。しかし、それは現実からスタートして、むしろ諸制度との組み合わせという問題もありますので、そういうものとの兼ね合わせで考えていくべき問題だというように思っております。
○阿部(知)委員 舛添大臣にはまた別途同じような質問がありますので。
私は、そうはいっても、総理、今ここで、こういう、本当に悲しい、人間の命が失われているという現状を、そうはクールには言えないんですよね。
現場で働いている医師たちが、足りないと。例えば三次救急の病院の先生たちにアンケートをとると、不足数は一つの病院で六・七人くらい足りないんだと、みんなそう思っています。それが、今までの政府の御答弁では、偏在だ、科別の何だかんだと。
でも、総理、よく聞いていただきたいんです。救急というのは総合力なんです。その病院自身の全体の医師力の成果が一つの救急なんです。もちろん、救急部の専属の医師もいます。でも、連携して、みんなで支える、本当に臨床力を見る一番いい指標です。それがここまで落ち込んでいるということを私は重く見ていただきたいです。
そして、二枚目の資料をおあけいただくと、今度は、これはパネルはございません。病院が救急をやめた理由で、二次病院の方を例示させていただきました。これは、実はデータは朝日新聞からいただきました。
この一年余りで救急病院約百七十数カ所が二次救の返上をした、やめた、二次救急やっていられない、もう続けられないというデータがございます。数は、正直言って、多少はとり方で違ってまいります。
でも、やはり二次救がなくなるということは、さっき増田総務大臣もお答えでありましたが、地域で、例えば救急車で一時間運んでも、呼吸がとまり、心臓がとまっていたら、三分、五分の勝負なんです。そこで何とかしてから運ばないとどうにもならないんです。さっき言った、もう心肺停止ではヘリコプターは運ばないと言われても困るんです。とにかく心臓を動かし、呼吸を何とかして維持してでも、それから運ぶ。でも、その第一陣、まず当座の処置ができなくなってくるということであります。
この二次救が、病院が救急をやめた理由、同じように朝日新聞調査によれば、二百四病院が回答しておりますが、一番手が、やはり医師、看護師不足。二番目は、病院をもうやっていられない、ベッドを持っていられないから、診療所に変更した。三番目は、療養型に変えた。四番目は、輪番制、順番の救急当番からおりた。これは、増田大臣よく御存じでしょうが、一般財源化しましたので、輪番制につけられていたお金を他の財源に振りかえた自治体もございます。あるいは、倒産や廃院、病院がつぶれちゃった。三次救急よりもより悲惨な実情というものがこの二次病院にはあると思います。
そこで、大臣、その二次病院の全部に責任をとは言いません。しかし、大臣が所管しておられる公立病院で二次救の輪番をやめられた病院があるのかないのか、御存じでしょうか。これは私は、きのうからずっと省庁に問い合わせています。
○舛添国務大臣 私自身、そのデータは持っておりません。
○増田国務大臣 ちょっと今、にわかにはデータは多分ないので、少し探してみます。ありましたら、当然お出しをいたします。
○阿部(知)委員 私がお願いしたいのは、これから公立病院の再編ということが行われます。人口割りだけでいったら、実は、遠いところまで、それこそ高速道路じゃなくてもいいんです、二十分、三十分と行かなきゃならなかったら、さっき言った、呼吸もとまった、心臓もとまった、どこにも助けられない人が出てきます。ですから、先ほど総務大臣お答えでありました、採算だけではない、地域の命を支えるという側面をこの再編の中にしっかりと入れていただかないと、私は、命の保証がされない。
ちなみに、私は、救急搬送のために高速道路をつくろうという試算についても大きな疑問がございまして、データも出していただいて、きちんと一緒に検証したいと思っています。日本の平均の現在の県別の搬送時間は、県別でとるとほとんどが六十分以内です、三次救急までは。そして、特に搬送に長いのは、東北と九州と、そして北海道くらいだったと思います。日本の全国平均値は六十分以内となっておりますから、あの試算で約七兆が救急搬送のためとなっておりました。きちんと検証して、本当に、それだったら病院を地域につくってくれ、それだったら病院があれば命が助かるんだと、私は、本当にあの試算、検証したいし、必要性の順序を御一緒に決めていきたいと思います。
私がきょう実は本当に皆さんとお話ししたいのは、何人もの方もこれもお取り上げいただきましたが、医師の教育についてであります。私は、医師たちを、例えば、奨学金をつけて、次は地域に行く地域枠を設けた云々というやり方は、実は十分効果を上げているのかどうか、大いに疑問に思っております。
増田大臣のお手元に、私の資料の四枚目を見ていただきますと、これは平成十九年度の医師確保対策の予算とその執行状況であります。予算がまだ執行されずにあります。
奨学金を出して、医師にお金を出して医学部に来ていただいて、後、例えば地域内に行ってもらうというスキームが実は本当に有効なのかどうか、この十九年度の予算と決算を見れば、私は疑念が起きます。にもかかわらず、今度、十年かけ十人枠をそうやって国は新たに設けました。ないよりはましかもしれません。でも、根本改革をしないで、そうしたつけ焼き刃をして重ねていることによって、現状はなだれていくと思います。
私がきょう提案したいのは、実は、救急の問題に関連して、臨床研修指定病院に果たして救急の指導医はどのくらいおられるだろうかという数でございます。
見ていただければわかりますが、指導医と申しますと、本当にその道の指導をできる方、そして、それに準ずるというか次ぐ者として専門医と認定医という方々がおられます。現実に、若い人たちが臨床研修をするその病院で、しかし、現状で救急指導医がいる、認定医がいるという病院が半分、より高次な指導医がいるという病院は、上にありますように一五・六%であります。見直すべきは教育なんだと思います。
渡海大臣にお伺いいたします。
私は、先ほど医師の大きな目標数を立ててくれとお願いいたしました。それは、実は去年も同じように、はっきりではないがお伺いいたしましたが、早急にでも医師の定員枠を広げてほしい、プラス、教育を充実させる。私は、定員枠だけがばっと広げれば事が解決するとは思っておりません。それに見合う教育をどうするか。
例えば、指導に当たる教官が少なければ、いい医師は育ちません。ですから、数も必要、質も必要。この二つを両立していくためには、縮み思考の中でやっていたのでは拡大再生産されていかないんです。そのこともあって、きょう大臣には、特に全体の定員枠をどのようなプロセスで見直していくのか。
そして、私が先回お願いいたしました学士入学、すなわち、四年間ほかの、医学部以外の大学を卒業されて、その後医学部に四年間行く。これは大学院大学ではちょっとございません。学士入学と言っていただいた方が正しいです。これは、普通六年かかる医学が四年コースでいきますから、そして、社会性を身につけた人たちが大学に入ってこられる。
現状、皆さんのお手元にお示ししたように、枠は非常に少のうございます。医師の入学定員が全体で七千六百とか七百のうち、この学士入学枠は二百五十そこそこでございます。社会経験を積んだ人がどんどんお医者さんになる、その方が、実は本当に自分は何をしたいのか、何のために医療をするのか、何が自分の未来像なのか、もっとリアルにわかる医師たちが生まれてくると私は思います。
二つの質問です。大学の医学部定員はどのように大幅に見直されるのか。そして、この学士入学枠は、せめて現状の一割、七百人あったって、キャパシティーからすれば十分です。なぜなら、医師は八千三百人まで入学枠があったんですから。その二つに御答弁願います。
○渡海国務大臣 学士入学の件につきましては、昨年御質問をいただきまして、それ以来、この件について我々もきっちりと調査をしなければいけないということで、現在、メディカルスクールの制度がどうなっているかも含めて、これは先生の趣旨とちょっと違いますが、国際的な問題も調査をしながら検討いたしております。
ただ、全体枠をどう考えるかというお話でございますが、これについては、中長期的にどういうふうに物を見ていくかということをやはり厚労省と連携をしながらしっかりとした計画を立てていかなきゃいけないというふうに考えております。
それから同時に、今お話がございました臨床研修の件ですね。この指導医がやはり不足しているという件から、地域の偏在ということに対して対応力が少し落ちているような気がいたします。例えば、医師を派遣するにしましても、例えば研修医であったとするならば、これは指導する立場からすれば、離れたところへ行けば指導できないわけでありますから、そういった問題も総合的に考えて、そして、先ほど言いました今の調査を踏まえながら今後検討していきたい、そのように考えております。
○阿部(知)委員 医療は国家百年の計ですし、きちんとした目標を持って、なおかつ教育を充実させていただきたいと思います。
終わります。
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