第162回国会 厚生労働委員会 第25号 (平成17年6月7日(火曜日))抜粋 案件:
障害者自立支援法案(内閣提出第三五号)
障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第三六号)
社会保険労務士法の一部を改正する法律案(内閣提出第六一号)(参議院送付)
社会保障に関する日本国政府とフランス共和国政府との間の協定の実施に伴う厚生年金保険法等の特例等に関する法律案(内閣提出第六三号)(参議院送付)
社会保障に関する日本国とベルギー王国との間の協定の実施に伴う厚生年金保険法等の特例等に関する法律案(内閣提出第六四号)(参議院送付)
○北川委員長代理 次に、阿部知子君。
○阿部委員 社会民主党・市民連合の阿部知子です。
参考人の皆様には、これまでの何回かの変更、そして、きょうはまたお昼過ぎまでの意見陳述ということで、大変に御苦労さまでございます。
私も、実はこの法案は、障害者自立支援法というタイトルになっておりますが、果たしてこれが障害者自立支援なのか、自立阻害なのか、随分これまでの中断された議論の中でも指摘をされておりましたので、骨格にかかわる自立という概念をめぐって、冒頭、ちょっと順番は違いますが、そして中西参考人には連続になって恐縮ですが、中西参考人からの意見陳述をお願いしたいと思います。
きょういただきました資料の中で、お時間との関係等もあり、参考人がおまとめになった資料の七のまとめの部分が恐らく、言い足りないというか、お時間とのかげんで割愛をされたようにも思います。
私は、ここに書かれていることを読みながら、いわゆるこの障害者自立支援法は、さきに論議された介護保険法との絡みで、ある種、将来には介護保険法に統合するような、これは財源的、理念的問題も、障害を社会で支えるという大枠ではそのような方向になっておると思いますが、しかしながら、委員も御指摘のように、「高齢と障害では自立に対する考え方が根本的に異なり、」という一文について、どこでもきっちり話されることがなく、ずるずるとびほう策的に介護保険も、そしてまかり間違うとこの障害者自立支援法も成立しようとしているやに考えます。
ここで、委員がお書きになった高齢と障害では自立に対する考え方が根本的に異なるという一文について、特に、私は実は尾辻大臣に、大臣は自立支援法の自立って何とお考えですかと伺ったら、タックスペイヤーになることだと。私はそれはとてもいいと思うんです。だけれども、それだけでは言い尽くせない。
それは恐らく、きょういただきました御本の「当事者主権」という表現ともすごくかかわってくると思いますが、そういう観点を本当にこれからの時代持てるかどうか、そして、この自立支援法がそういう法律になっておるかどうか、ここの点がすごく疑問が多い。むしろ、冒頭申しました阻害法じゃないかとやゆされるような向きもあるわけで、ここの骨格にかかわる部分を、これは理念でもあり、しかし私は現実であると思いますので、冒頭、中西さんにお伺いいたします。
○中西参考人 ありがとうございます。
自立について僕はずっと考え続け、みずから自立生活をする中で考えてきたわけですけれども、一九八〇年代はまだ、障害者はリハビリテーションの理念のもとで、自分たちで洋服を着られて車いすに自分で乗れなければ、身の回りのことを全部できなければ自立できないと言われて、最終的なリハビリテーションのゴールは就労にありということで、僕なんかも、トイレに六時間座らされて、おまえはトイレから自分で車いすに上がってこなければこの施設から出られないんだというふうに訓練されたんですけれども。
そういう意味では、このリハビリテーションの理念というのは、七二年の自立生活運動ができた時点で、リハビリテーションは違うんじゃないか、目的と期間を限って、できないものはできないんで、介助を受けていいんじゃないかというふうな考えを持ち出したのが、自立生活運動のリーダーなわけですね。アメリカでこの理念が広がり、日本でも初めて障害者も、ああ、地域で暮らしてもいいんだ、自分たちは一生施設で暮らさなくてもいいんだ、介助を受けながら暮らすことは可能なんだというふうに言われたんです。
ですから、私なども、その理念のもとに、ズボンをはくのに二時間かかるならば、五分で介助者に着せてもらって、残りの一時間五十五分は社会参加した方がよっぽど社会に有益だ。そういう意味で、けさも介助者にズボンもはかせてもらい出てきたために、ここに来られているわけですけれども、そういうふうな意味では、自立というのは、そこでまず高齢者と違うだろう。
それから、障害者は非常に若い障害者もいるわけですね。幼い障害者、この人たちはずっとこれから経験を踏んで社会の中で生きていかなきゃいけない。そうしなければ、親元でずっと一生いることになりますから。彼らにとっては、移動介助を使いながら外へ出ていって社会経験する、いろいろなものを見て、自分はこういうふうな人間になりたいなというふうな希望を抱いていくという過程がとても重要です。
ですから、自立の介助というのは、そういうのが育っていく、経験をふやしていくための介助。高齢の方の場合は、もう功成り名を遂げて、家族に見守られながら最期終わりたいという意味で、家族負担を減らすための介助というのがホームヘルパー制度だったわけですけれども、障害者がサービスを使うようになってから、時間帯も、九時―五時の時間は社会参加したいから、そんな時間は要らない、朝の七時から八時の時間帯が欲しい、夜も六時以降十一時までが欲しいとかいう意味で、サービス時間帯も全く高齢とは違うんですね。高齢の方の場合は、家族がいるから、日中の主婦の労働軽減で、そこをホームヘルプはやればいい。我々は、自立生活運動の中でホームヘルプサービスの使う時間帯すら変えてきたわけです。休日、祭日、正月休みも使えるようにしてきました。
そういう中で、地域で暮らしていくときに、親元にいたり施設にいたわけですから、料理のつくり方も知らない。ですから、その人たちが、障害の女性が主婦になるのならば、みそ汁の味を自分で調節して毎日同じみそ汁の味で食べたいというときに、介助者が毎回来るごとに、高齢の場合はその人にお任せでメニューも考えてもらうんですけれども、我々は自分たちでメニューも考えて、ではそれは一体どうやってつくるの、みその量をどのぐらいにすればいいのと。それで自分でその量を覚えて、介助者が変わってもそれを指示して、自分のみそ汁の味で家庭が営めるようにしたい。
こういう意味で、自分で指示して料理をつくるという意味では、時間もかかったりするわけですね。高齢の方は時間がかからないで、料理が終わって、次に掃除をやって何やってというふうに、その一時間を有効にいろいろな仕事をさせようと思うけれども、我々は経験を積んでいくという意味で、時間もかかるし、経験も積みたい。そこが、やはり自立の意味で高齢と障害とは全く違うんだと言っているところなんです。
○阿部委員 そういうお若い障害者と御高齢者の生きてきた経験の違いという点と、もう一つ、私はきょう、ALSの患者さん、筋萎縮性側索硬化症。実は私も小児科医をやり三十年になりますが、私が医師になりたてのころは、呼吸器をつけて御自宅で暮らすなどということは本当に想像できなかったというか、その後、特にこの二十年間こうした試みがとられ、きょう御紹介の資料で、大体八百人の方がそういうお暮らしをなさっている。
一方で、やはり進歩というか、皆さんの闘い取られたことであると同時に、でも、今その方たちが、この障害者自立支援法になったらどうなっちゃうんだろう、介護保険では一日三時間しか補助がない、その後はどうなるの、一日三時間で生きるわけにはいかないじゃないのと。これは他の重度の方も皆さんそうですが、わけても呼吸器をお使いですから、極めてもう命綱というか、生きている、すごく逼迫した思いがおありだと思うのです。これが見えない政省令にゆだねられて、中身もわからない、どうなっちゃうかもわからないという形でここで審議して決めていってしまう、こんなことでは説明もできないし、私自身も法案にかかわる者としてすごく不安です。
そこで、きょうは、中西さんにぜひ、この点についてはどのように明確にすればよいのか、御意見を賜りたいと思います。
○中西参考人 ありがとうございます。
ALSの人たちの八四%は家族と一緒に暮らしているんですね。それで、介護保険を使って暮らす人は、介護保険三時間だけである。それ以上に支援費制度を使う前に、介護保険の自己負担分で家族はくたびれて、支援費制度まで至らない。介護保険を使い切らないと支援費制度を使えなかったわけですから。そういう状態で暮らしております。
それで、ひとり暮らしになった場合に、家族介助の場合は常時うちにだれかがいるわけですから、緊急の場合に呼ぶこともできるし、機械が停止しそうになったりとかいうふうな、呼吸器の機械がとまるようなメンテナンスなんかも家族がなさるということですけれども、やはりそこに重度のひとり暮らしが起こると、これは重複介助の時間計算もされていない中でやるわけですから、非常に限られた金額で今でもやっていらっしゃるんですね。しかも、非常に重い介助ですから、単価が、厚労省から漏れてきたのでは月に八十万とか言っているんですけれども、時給三百円ですよね、そんな金額ではだれもできない。だから、本当に身辺介助の時間のような単価を設定してもらわないと、いい介助者が長期にわたって得られないという問題になります。
それから、包括制度になってもう一つ心配なのは、ヘルパーの資格制度が、医療制度に基づくようなもので、がちがちになって使えなくならないかという心配なんです。この心配は十分ありまして、単価が高くなれば資格制度が厳しくなるという背反関係にあるので、いつも単価を高くするとそういうことになりかねない。ですから、資格要件を緩和しながらやらないと、やってくれる意思のある人も使えなくなってくるという問題が起こり得ると思います。ですから、制度の内容についてはよっぽど慎重な議論が必要です。
それから、単価をどこに設定すべきかということと、包括の全体の金額、どのぐらいかかるんだというふうな御質問をしょっちゅう受けるんですけれども、ALSの方の場合に月に二百五、六十万かかってしようがないだろうと。これは医療費、病院に彼らがいるよりも安上がりな費用ですから、我々としては、地域で継続した生活ができる単価というのを設定してあげないと彼らの命が危険にさらされるということを指摘しておきたいと思います。
○阿部委員 実際に重度であられてもいろいろに社会参加しておられる実態もあるわけですから、今御指摘いただいたような点、特に政省令が出ないとわからないという形でないような対応を求めてやっていきたいと思います。
引き続いて、ちょっと医療のことに話が及びましたので、佐藤参考人にお願いしたいんですが、実は、ちょうだいいたしました資料の二ページ目に、佐藤さんのやっていらっしゃるクリニックでの「三十二条利用者の疾患割合」というのをお示しいただいております。
実は、厚生省にこれまでこの三十二条関係のことをいろいろ聞きましても、こういう利用実態についてもほとんどわからない、三十二条の患者さんのプロフィールはどうなっているのと聞いても、都道府県が管理していてわからない、あるいは個人情報だからわからない、何を言ってもわからないということが続いてきたわけです。
きょうお示しいただいたこの資料でも、先ほど山口委員の御指摘にもありましたが、現状で三十二条をお使いの方の四五%くらいしか今度の自立支援医療の中に入っていかないという問題。そればかりか、お示しいただきました資料の一枚目の読み方を見ますと、ここには、三十二条の患者さんのうち生活保護が一一・三%、これはクリニックの集計だと思いますが。しかしながら、第二十一回の厚生労働省の障害部会の審議会の中で厚生省側から出された資料では、生活保護が二十数%とたしか出ておりましたし、住民税非課税世帯云々を含めて、現状で三十二条の七五%の方が障害者自立支援医療の方に行っても負担がないんだよというような説明でありました。
私は、この間のいろいろな質疑の中で、なぜ実像が出ないのか、なぜ本当にどう変わっていくのかが見えないのかということをとても不満に思っておりました。先ほどの福島委員の御発言の中にも、三十二条の精神は生きるんだということをおっしゃいましたが、私は逆に、ここで、そもそも三十二条とは何で、どんな役割を果たしてきて、そしてさっき参考人はおっしゃいました、三十二条が長時間の医療を支えてここまでやってこられたんだと。人格障害の問題も含めて、あるいは神経症の問題も含めて比較的多くの方が御利用であるし、利用していただいて、逆に言うと精神障害の地域への軟着陸、安定した着陸、クリニックの形での受診が可能になると思いますので、三十二条とは何だ、何をしてきたのか、そして自立支援医療と言われてこれでやれるのか、三つお願いします。
○佐藤参考人 精神科の医療の歴史は非常に暗い過去を負っておりまして、そもそもが、昔はとにかく治療の対象ですらなかったですね、精神障害者の方は。歴史的には、昔の魔女狩り、中世の魔女狩りの中には随分精神障害者が含まれていただろうなんという話もあるんですけれども。
そういう話はさておき、日本で、いわゆる精神科の病気が明治時代やっと、東大の呉秀三先生という私の大先輩の先生あたりが医学の対象として見始め、その実態を調査されました。そのときに、有名な言葉で、我が国に生まれた精神の患者さんたちは、病気を負っているという不幸のほかにこの国に生まれた不幸を負っているんだ、そういうことを報告されたんです。それは、当時、家族が患者さんを世間から隠すために座敷牢に閉じ込めてずっと住まわせている、そういう実態を全国で東大の精神科の教授が調査されたわけですね。
そこら辺から日本の歴史が始まりまして、ただずっと、よい治療法もなかなかなくて、社会から隔離して世間の皆様には迷惑をかけないようにしようというのが基本的な考え方でありました。なおかつ、ライシャワー事件というものがございまして、日本の国民にも非常に親しまれたライシャワー大使が精神疾患を持った若者に襲われるという事件を機に、これはもう何とかしなくちゃいかぬというのが非常にマイナスの形で作用しました。
それを機に精神衛生法という法律ができたのはよかったんですけれども、これは基本的には、人権を守るというよりは、むしろ精神科の患者さんたちを強制的に入院させて治療させることができるんだ、そういう治安管理的な側面の方が非常に前面に出た法律だったんですね。
ということで、それを国の方も経済的にも支援するということで、一時、日本医師会の会長さんから日本の精神病院は牧畜業だなんと言われるぐらいに、精神科の患者さんはとにかく閉じ込めておけば病院長さんがもうかっちゃうというような時代がありました。一九七〇年以降、そういったことに対する反省も含めて、病院の改革とか、それから国の方も法律面での改革を進めてまいりました。
その中で、三十二条といいますのは、以前、措置入院、これは、自傷他害といいます、精神の疾患が原因で自分を傷つける、いわゆる自殺の危険性、あるいは他人を害する、そういうおそれが非常に強い方に関しては強制的に入院させることができるという強制入院の一番強い法律です。これは現在もありまして、路上で身元のわからない方が暴れていてわけのわからないことを言っているなんというときに、警察が来て、保護してみたらどうもおかしいので、とりあえず身寄りもわからないから入院させましょうというようなときには、精神科医が判断して、現在は二名ですが、それで強制治療ができるということになっております。
その措置入院が、年代はちょっとはっきり覚えていないんですが、以前は相当の数でこの措置入院制度を使って患者さんが入院させられました。そのときに、まだまだ薬も開発されていない治療の不十分な状況でしたので、入院するとなかなか出られない。あの病院に行ったら死んで退院するしかないんだという棺箱退院なんという言葉が昔あったんです。昔といっても、私が医者になったころはまだ十分残っておりました。
そういうことで、措置入院させられると中に入っちゃう。たまたま家族がいても入院費を経済的に家族が支えられない、だからこれは国の方で負担しましょうということで、入院費を払えない患者さんについては形式的に、家族がいても、それから自傷他害という危険性がなくても、措置入院という方法を用いてずっと入院させ続けるということがあったんです。これは経済措置という、私は医者になってすぐこれは聞いたんですけれども、国が出してくれるからええだろうと。こういうことで、長期の入院者がずっとその措置入院という制度を使って、十年、二十年と患者さんたちは入院させられ続けるということがあったわけです。
それに対する反省として、三十二条は、もう既に自傷他害のおそれもない、ある程度安定している患者さんたちを少しでも地域に帰していこう、地域で支えていこうという理念のもとに、措置入院で入院していた患者さんたちを退院させて、そのかわり、その入院費を外来の治療費に充てようということで三十二条という法律ができたそうです。詳しい経緯は知りませんが、そういうところから始まりまして、措置入院という最初の出発点は別としても、現実的には、地域で患者さんの外来治療を支えていこう、そのために行政が援助するのであるというのが基本的な理念として出発したことは間違いないと思います。
そのことによって、現在は、私が医者になりたてのころは、経済的に大変な方にこういう法律がありますから使ってみませんかと言いますと、冗談じゃない、私にレッテルを張るつもりですかというふうにむしろ怒られてしまうような時期から始まりましたけれども、その後少しずつ精神医療全体の状況が改善する中で、先ほどお話ししたような診療所のようなものができたり、そんなことで受診する方がふえるとともに、三十二条を利用することによって、疾患の内容としては、もちろん当初は統合失調症の方がメーンでしたけれども、先ほどの話とダブりますけれども、神経症圏、人格障害とか摂食障害とか、若者のメンタルな病気は若いだけに非常に激しく、何年にもわたって燃え盛ることがありまして、そういう方たちは、幾らお父様が一流企業に勤めていても、入院も含めて、それから救急受診も含めて莫大な経済的負担がかかります。何とか支えていくためには三十二条が非常に役に立つ。
そういう意味では、所得の問題については、たくさんある人から取ろうというのもどうかなと思う。私は、若い者にはやはりお金をかけたい。もちろんお年寄りにかけちゃいかぬということはないんですけれども、実態としては、そういう若者たちの治療にも三十二条は非常に役に立ってきたという実態があると思います。
あとは、今回の自立支援医療の中で、ではそれがどうなるかということについては、そこら辺の歴史を踏まえてのあれが全部すっ飛んでいるような気がします。
要は、財源の問題ということだけで語られていて、確かに三十二条の理念は残りますよとおっしゃってはいただきましたけれども、厚生労働省の方たちのお話も、まずはとにかくこの法律に関してはやっちゃうんだ、いろいろ不備な点は認める、だけれども、やっちゃって、後でよくしていきましょうよということを一生懸命おっしゃっているように思いますが、到底、理念的なものが抜けているがゆえに、非常に私どもは不安を感じております。
○阿部委員 きょう参考人で御出席いただきました松浦参考人からも、受け皿としての地方での精神医療の問題も御指摘いただきました。
御質問できなかった山本参考人を初め他の参考人の皆様には、本当に、きょう伺ったことを生かさせていただいて審議の中で活用させていただきます。
ありがとうございます。
○北川委員長代理 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
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