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去る1月24日、沖縄名護市民の民意は、「辺野古の海に新しい基地はいらない」とする主張を掲げた稲嶺進氏を市長として選び取った。辺野古沖が基地候補地となってから、これまで4回市長選挙が闘われ、その結果の選択であり、これでもうこの問題を終らせたいと願う市民の決断でもあった。その決断を後押ししたのは、当然ながら去年8月の総選挙で政権交代し、沖縄県民の負担軽減を掲げる新政権が誕生したことである。
しかし、その重い結果を受け止めるはずの新政権の官房長官以下担当大臣達は「民意と政治判断とは別」とか、「斟酌してやらなければならない理由はない」とか、果ては特別立法もあり得るとか、論外の発言を繰り返している。私のみならず多くの国民は耳を疑っただろう。一体何のために、何かを守ろうとして、こんな民意無視の発言をするのだろうか?
医療の世界で例えれば、患者さんに対して「治療や手術のリスク」をわざわざ「死ぬこともある、失敗もある、だから責任はとれない」とダメ押しする心無いあるいは腕に自信のない医者に似ている。生身の人間を扱う医療では、とりわけ治療には種々のリスクを伴うが、それでも患者さんと気持を合わせて病気を乗り越えようという姿勢を医師が示すか否かは、成功への第一歩である。最近では保身のために、リスクだけを十分に強調して、それ以前の患者さんの気持の受け止めや共感のない医師ばかりが増えている。
今、目の前で繰り返される大臣達や官房長官の態度には、まず沖縄の県民への共感の眼差しやぬくもりがないし、守りたいものは自分達の立場や方針だけなのではと疑わせる「冷たさ」が漂う。それを政権与党の責任、政治の責任という言葉に置き換えて、あるいは心底勘違いして、この未熟な新政権が進んでいくとしたら、そんな政権交代を選んだ国民は不幸である。
対米公約とか長年のプロセスとか言うが、そもそも戦後65年、なぜかくも多くの在日米軍基地が置かれ続け(全国85ヶ所)、とりわけ沖縄にはその内33ヶ所が置かれているだけでなく、定員1万8千人とされる海兵隊が押しつけられている。アジア・太平洋地域に配置された2万1千人余の米海兵隊の大半が今や沖縄にいる。そして60年代にはベトナム戦争、21世紀になってからはイラクやアフガンへと送られていった。
海兵隊は何のために、そして在日米軍の抑止力とは何をいうのか、政治はまずそのことをきっちりと議論し、国民にも問いかけ、米国とも協議すべきである。基地問題はすぐれて政治の課題なのだから。
ちなみに患者さんの思いを忘れた治療は、医師がどんなに「よい治療」として押しつけても、その人を生かすことにはならない。
阿部知子
(過去の内容は、「まぐまぐ」を利用したメールマガジンのページでご覧になれます)
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2月7日(日) NHK日曜討論に出演
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1月18日 社民党かながわ新春の集い(横浜)であいさつ
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1月16日 地元藤沢での「あべともこ新春の集い」であいさつ
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1月13日 沖縄基地問題でボルダーリョ下院議員と懇談(ワシントンDC、右は服部良一議員)
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