第162回国会 年金制度をはじめとする社会保障制度改革に関する両院合同会議 第7号(平成17年7月22日(金曜日))抜粋

案件:
 年金制度をはじめとする社会保障制度改革(国民皆年金の意義)について

議事録全文(衆議院のサイト)

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仙谷会長代理 次に、阿部知子君。

阿部(知)議員 社会民主党・市民連合の阿部知子です。

 本日のテーマは国民皆年金ということについてでございますが、この年金の論議も回を重ねまして、各党派、各御専門のこれまでのお取り組み、そして衆参を超えた熱心な議員の皆さんの御参加があってここまでやってきたと思います。

 そして、恐らく、私がまだ短い国会経験の中で思いますに、そもそも年金とは何か、あるいは、社会の中で、せんだって坂口議員が御指摘でございましたが、自助、共助、公助とはどうあるべきか、こうした、本来であれば政治の基本的、骨格的なことが話される場も、ほかにおいてはなかったように思います。今、財政諮問会議等々の流れは、ひたすら自分の責任、自己責任ということを強調されますが、究極に自己責任にしてしまえば政治は要らないわけですから、逆に、政治とは、本来であれば自助で賄うべきところの補完であるのか、あるいは、公助、共助がきっちりした上でみずから巣立っていけるのかという根本哲学のところをやはりきちんと論ずべきであると思いますので、坂口議員の御指摘を深く受けとめて、私は、きょうその点に関して、冒頭少しお話をさせていただきます。

 せんだっての議員のお話は、そもそも自助、共助、公助という考え方がございますが、まず自助があって、共助があって、そしてピラミッドでいえば一番上に公助があるという考え方、我々、その上に成り立っております。中には、公助が一番下で、真ん中が共助で、一番上の小さいところが自助だ、こういうお考えもありまして、ここで、例えば連合の笹森会長が社会保障の会合の中でそういうお考えを出されたということを例に引いておられましたが、坂口前大臣自身は、自助ということが一番下で、共助、公助になるのではないかというお話でございました。

 きょう、くしくも森議員の御発言も、いわゆる機会の均等か結果の保障かということで、多少これと連関する考え方を御披瀝でありましたが、私どもは、この坂口議員の御発言や森議員の御発言の立場よりは連合の笹森会長の言葉に近いと申しますか、やはりしっかりとした公助、共助があった上で自助が成り立っていくんだ、それを社会保障というんだという考え方に立つわけです。

 時代の流れを見ますと、例えば二〇〇〇年にでき上がった介護保険の問題にいたしましても、それまでは家庭の中で全部介護を抱えてきた、その結果悲惨なことが当然起こっているし、労働力においても、働き盛りが親の介護をしていれば当然労働力として私たちの社会の支え手になれないわけですから、家庭でみずから介護するというケースを想定したとしても、当然ながら、共助の仕組み、そして公助の仕組みでもある介護保険によるサービスがあることが前提になった社会を今私たちは生きようとしております。

 ここには、年齢構成の差、高齢化の問題、女性の社会進出、いろいろございますが、間違いなく歴史の歯車は、共助、公助ということをしっかりとしたセーフティーネットとしてどう張るんだということを論じなければいけない地点に立っているわけで、ここを、まず自助ありきということで引き戻し、そして、逆に言えば歴史を逆さに回転させるということはできないのではないか、誤っているのではないかと私どもは考えております。

 さて、本来の皆年金のお話ですが、昭和三十六年の国民年金の創設というものは、皆年金に向けた大きな一歩であったと思います。そして、そこで税方式をとるか保険料方式をとるかについても論議があったことは、皆さん御披瀝でございました。

 この三十六年に創設された国民年金が、しかし、さまざまな問題をはらみ、真の皆年金に遠いということで、また六十一年、一九八六年の改革がございました。この一九八六年の改革も、今思い起こしませばというか、私は当時おりませんが、文書で、御本で出されたものを読んでも、非常に綿密に、多岐にわたる検討が繰り返されております。問題意識としても、少子高齢化が進む、そして、二十一世紀を支える可能な年金制度は何かということを、一九八六年の当時の厚生省は一生懸命お考えでありました。

 そうやって一生懸命考えてつくった八六年の制度が逆に二十一世紀にうまくいかなくなってきているとしたら、それは何であるのかということを、私は、むしろ八六年の皆さんの御苦労をしっかりと踏まえた上で論議していくのが本日の役割ですし、ちょうど、三十六年から八六年が二十五年、そして八六年から今、二〇〇五年でございますから、今私たちが論じ、次のステップに持っていくということが本来の私どもの大きな歴史の役割であると思います。

 御承知のように、八六年の年金制度改革は、基礎年金部分の一元化、まさに一元化を目指したものでございました。と同時に、三十六年の皆年金という思想、それを実行するための一元化ということを図ったわけですが、その基礎年金自身が皆年金というものからさらに遠くなってしまった、そのことが問題なのであると思います。

 従来皆さん御指摘の、未納、未加入、低年金の増加ということがこの基礎年金部分で起きているということが何よりも問題であります。これはまずそもそも論といたしましては、当初からございました、税方式か社会保険方式かという論議の中で、社会保険方式を採用されたことに大きく起因しております。当然ですが、そこから未納、未加入、低年金は必ず生じてまいります。

 そればかりでなく、我が国の国民年金は、海外にも前例のない定額方式を採用しております。すなわち、現在一万三千五百八十円ですが、月収十万円のパートタイマーやフリーターにとっては、月収の一三・五八%という高額な掛金を納めなければならない。月収十五万円と見ても九%になっていて、こんな高い保険料を払っていくということ自身、大きく制度設計に問題が生じております。

 さらに加えて、時代の変化をきっちりと見るべきであります。

 さきの年金改革、一九八六年が、少子高齢化と産業構造の変化、これは、第一次産業より第三次産業が多くなった逆転の時代でございます。そして働き方、女性も働く。当然ながら、農業や第一次産業の方の比率が減り、逆に雇用者がふえる、勤労者がふえるという就業構造の変化。世帯構造においては、特に、この地点で既に高齢社会のひとり住まいということが問題意識に上っております。そして、そういうことを抱えながらやってきた改革が事ここに至ってさらに悪化したのは、御承知のように、非正規雇用の増加という問題でございます。

 そのことを数値の中で見てみますと、納付率の急激な低落が年々進行いたします。

 納付率は、そもそも、国民皆年金当時、これは三十六年ととりますと、六〇年代、七〇年代、改革のある八五年までは九〇%を維持しておりましたが、八六年の制度改革は、逆に、皆年金にするためにすそ野を広げましたので、ここで一度国民年金部分の納付率は八〇%に落ち込み、十年間八〇%台を維持し、雇用の流動化が起こりました九七年には七〇%台に落ち込み、今日、六〇%台でずっと推移しております。

 これだけの経緯を見ても、時代に追いついていない、マッチしていないということが言えると思います。

 もう一方、問題意識のいま一つの軸は、果たして、暮らせる年金ということをどのように保障するかにあったと思います。

 この支給額につきましては、現状でも四十年払っても六万六千円でございますし、そういうことからいたしますと、現在、無業者やパート、アルバイト等々、あるいは減免を受けてという方は、当然この額にも達しません。そもそも八六年度改革では、食料費、住居費、光熱費等々を高齢者を調査して置いた数字が五万円でございました。ここには保険料や交通通信費は入っておりません。

 今、医療保険も介護保険も、さらにこれから介護保険の利用サービスも御高齢者に御負担いただく時代に、私たちは、暮らせる年金ということをもっとしっかりと税方式で行っていくということに大きくかじを切るべきだと思います。

 終わります。

    〔仙谷会長代理退席、会長着席〕

与謝野会長 これにて各党からの発言は終わりました。

    ―――――――――――――

与謝野会長 引き続き、議員間の自由討議を行います。

 一回の発言は三分程度で、会長の指名に基づいて、所属会派と氏名を名乗ってから行ってください。

 なお、発言時間の経過については、三分経過時と、その後は一分経過ごとにブザーを鳴らしてお知らせいたします。

 それでは、御発言のある方は、お手元のネームプレートをお立てください。

〔中略〕

阿部(知)議員 先ほど来、財源問題が言及されておりますので、私ども社民党が考えております財源問題についても少しお話しさせていただきたいと思います。

 我が党は全額税方式ということを申し述べておりますが、そもそも全額税方式に持っていきたいと思うところの根幹は、先ほど来、基礎的暮らし年金と申しますように、暮らしの基礎を、それもこれから皆さんが国民健康保険料やあるいは介護保険料を自分でお出しになっていくという制度設計をしている我が国で、基礎的暮らし年金の額をきっちりしないとその保険料も出していけないということになってまいりますので、全額税方式で、きっちりと暮らし保障ができる年金をつくりたいということと、未納、滞納問題、そういう現象面以上に、やはり全国民的にナショナルミニマムを保障する、これは先ほど御紹介の山本議員のお考えとも一致すると思いますが、そういう確固たる政策理念に立って国民合意を進めたい。

 さて、税方式にする場合に、所得税、法人税、私どもは、ここで企業の社会保障税ということを申し述べております。もちろん所得税については累進度を上げる、小渕減税以前の所得税のあり方、もう一度私どもは考えてみたいと思います。しかし、今所得格差も拡大しておりますので、時代状況をもう少し分析する必要もあると思います。

 もう一つは法人税の税率アップで、これはアメリカよりも低くなっておりますので、この点についても検討が必要だ。

 それからさらに、これまで企業は社会保険料を負担してきたわけですが、今は、企業の中で社会保険料負担をせずともよい形の雇用を優先するという形になってまいりまして、年金制度と雇用の問題が逆に負の連鎖というものをもたらしておると思いますので、社会保障税という形に変えて、全人件費、賃金総額に一定比率を掛けて算出し、しかし、ここにおいては、企業の基礎体力においてその料率を変えていくということを考えるべきだと思います。

 非常に人件費比率が高く、企業の基礎体力が弱体な場合にはそこが非常に負担になりますので、企業の基礎体力に応じた、そして賃金総額に掛けるところの社会保障税のあり方を検討し、それを一階の税部分に、全額ではございませんが、投入していく。これは現状でも社会保険料負担の中で基礎年金部分に投入されておりますので、そのような方式はとれないはずはないですし、これから多様な働き方の中で、最も現実的な企業の社会的責任のとり方だと私どもは思っております。当然そのことと、一方でパートの方の社会保険加入を進め、そのことについては、賃金比例の年金の中に、二階建ての中に保障していくという方式をとっております。

 そして、消費税を福祉目的税的に使うというお話は一方であるのですが、しかし、全体として今いろいろなことで消費税に熱い目が向いております。あれもこれも消費税を使えないかという中で、消費税という財源の、ある意味どこに使うべきかという論議と、それから、どの程度で私どもの現在の経済に与える影響が問題とされるのかというところの見定めもございません。この点については、消費税を年金にというのは補足的、調整的な部分で活用していくべきと考えております。

 以上です。

枝野議員 国民皆年金の意義ということで皆さんいろいろな御指摘をされていますが、私は一点、大事な観点が落とされているのではないかと思います。

 先ほどありましたとおり、保険料を納めるという意味での皆年金、そしてすべての人が一定程度の年金を受け取れるという意味での皆年金。この受け取れるということの意味が本人だけのための国民皆年金なのかというと、そうではない。既に過去二回の議論の中でも出てきておりますように、高齢者の皆さんが年金という制度のもとで食べていけるということは、もちろん本人にとって利益であると同時に、社会全体にとって大変大きな利益であるからこそ、私たちは公的年金制度をつくり、維持しているのではないでしょうか。

 つまり、稼働能力のない高齢者に一定の収入がなければ、その人たちをうば捨てをするのかという話になるわけでありまして、それをしないで済む社会ということは、当事者以外の社会全体にとっても、その社会全体の秩序にとっても大変重要なことである。

 こういう観点から、すべての皆さんが稼働能力をなくした年齢になっても食べていけるということは当人の利益だけではないという観点で国民皆年金をしっかり位置づけなければならないのではないかというふうに思います。

 そうしたことを踏まえた上で、もう一点大事なことは、皆年金といった場合に、一円でももらえれば皆年金なのかということであります。

 先ほど来指摘がありますとおり、いろいろな経緯の中で月一万円前後あるいはそれ以下しか年金を受け取っていない人もいるわけで、この人も皆年金と形式的に受けとめれば、皆年金の皆の中に入るのかもしれません。しかし、本人にとってはもちろんでありますけれども、月に一万円とか二万円の年金しか受け取れていない人たちがどんどんふえていけば、それは当事者以外、社会全体の秩序不安、社会不安を醸成していくということで、社会全体にとっても大変大きなマイナスがあるということになります。

 そして、残念ながらこういう人たちが今後ふえていく可能性が高いという問題に対してどういう解決策を出すのかということが問われているのではないでしょうか。

 先ほど来、未納、未加入の問題をどう解決するのかということも出てきていますが、例えば、今、未納や未加入の対象にならない免除の人たち、こういう人たちは、では、免除されても国民年金の満額、フルでもらえるのかというと、フルでもらえるわけではありません。国庫負担分に相当する部分を受け取れるにすぎませんから、今の国民年金の六万円超という満額であったとしても、社会の構成員として、秩序と安定を混乱させないために必要最低限のぎりぎりの線であるにもかかわらず、その半分しかもらえないということを初めからの前提にしているということで果たしていいのか。

 あるいは、四十年間を通じて一貫して未納、未加入ということにはならない人も、その中には確かにいます。しかし、そういう人たちは、当然のことながら、国民年金の場合、特に、満額は受け取れないということになって、つまり、年金以外のシステムの中でこの人たちを食べさせていかなければならないという構造は違いがないんだろうと思います。

 前回も申し上げましたが、この人たちを切り捨てる社会にするというのなら、我々は違いますけれども、それは一つの価値観かもしれません。しかし、こういう人たちも社会の構成員として食べていけるようにしなきゃならないし、恐らくそうしなければ、それこそ社会秩序、犯罪の問題とかさまざまな問題を含めて、社会全体が悪くなっていくだろうと思います。

 この問題に対してどういう答えを出せるのか。それは、我々の主張が私たちは百点満点で、一切動かさないということは一度も申し上げていません。しかし、この問題に対してどう解決するのかということについて新たな別の選択肢を、残念ながら私はこの場で、この間の議論の中でお聞きをできていません。ぜひとも、これをどうやって解決するのかという点について建設的な主張を提案していただきたいと思っております。

 以上です。

〔中略〕

阿部(知)議員 まず、税方式であればあたかも国民が負担していないかのような、何も負担しないでただ乗りだというような論議はちょっとおかしい。税にしろ保険料にしろ、負担はしているんだと思います。

 その上に立って、しかし、昭和三十六年の国民皆年金と皆保険、医療保険、制度発足したわけですが、先ほどの阿部議員のお話を聞きながら思いましたが、介護保険の制度に見習えば、あるいは福島議員のおっしゃった、低年金者、低所得者対策として年金、介護、医療の問題を別枠で解決すればよいというふうにお聞きしましたが、そういう形というのは、これから膨大に発生してくる、低年金あるいは無保険、医療保険すらない方たちの数を見誤っているのではないかなと思います。

 そもそも介護保険にいたしましても、医療保険に上乗せして保険料をいただいておりまして、医療保険の未納者が四百五十万人になっております。そのことによって、介護保険もまた大きな穴を実は持っております。医療保険を納めないから介護保険の保険料も納められていないわけです。この方たちが年金でも同じ仕組みになっていくとしたら、この次に話す生活保護との関連が、ますます差がなくなってくると思います。

 ですから、私が繰り返し申したいのは、年金部分をきっちりミニマムとして保障して、そこから医療保険料も介護保険料も負担していただく保険方式をしっかりしていかないと、どれもどれも保険方式が崩れている。国民健康保険の未納率の高さは、もちろん皆さんの方がずっと私より長年やっておられますでしょうから、これまでに類を見ない高さになっております。そのあたりも含めて阿部議員の御発言があったのかどうか、私は一点、大変に先輩ですし、御見識も深い方ですから、かえって疑問に思いました。

 ちなみに、次回になりますが、生活保護との関連ということでいえば、イギリスのビバレッジ報告にございますように、年金は生活保護を上回るものであるべしというところから、戦後、社会保障は各国で発達してきておりますので、内容は詳しく次回述べますが、とりあえず、保険の全部の失敗を低年金層、医療無保険層、介護無保険層みたいにしていく案というのはちょっといかがなものかと思いまして、申し述べさせていただきます。

〔中略〕

阿部(知)議員 一番いっぱいしゃべって済みません。

 私どもの党も、いわゆるソーシャルセキュリティーナンバー、あるいは国民公平番号制度ということをこの年金制度の根幹に置いておりますので、その意味では、民主党の皆さんと同じように、ゼロ円でも拠出というふうにみなすという意味では同じですから、何らかの枠を設けないとこの制度は成り立たないと思いますので、そこは一致したものとして御理解いただきたいと思いますのと、私が繰り返し申し述べたいのは、例えば障害者施策でも、所得保障をした上でそこから使っていただく、そういう仕組みを我が国はさきの自立支援法でも目指しているわけであります。

 ですから、最低暮らし保障年金、例えば、八五年の改革においてはなぜ五万円に設定したか。先ほど、食料費、住居費、光熱費、被服費をそのとき調べたら四万七千六百一円だった、それにのっとって五万円。でも、ここには、保険料が入っていない、交通費も入っていない、交際費も入っていない。今、我が国がそういうものを、保険料を出してもらわなきゃ困る、ほかの保険制度を支えるというのであれば、それなりの額の基礎的暮らし保障年金が必要だということです。

 そして、私は、今回一番歓迎すべきは、皆年金というみんなが加入できるということと同時に、年金の額が、古川さんも問題にしてくださいましたし、その意識がある程度共有されたことは非常にありがたかったと思います。

与謝野会長 それでは、時間も参りましたので、本日の自由討議は終了することにいたします。

 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。


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