第163回国会 国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会 第8号 平成17年12月19日(月曜日) 抜粋

案件:
 理事の補欠選任
 政府参考人出頭要求に関する件
 国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動等に関する件(イラク人道復興支援特措法に基づく対応措置に関する基本計画の変更等)

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三原委員長 次に、阿部知子君。

阿部(知)委員 社会民主党・市民連合の阿部知子です。

 本日の審議は、二〇〇三年の三月二十日、米英軍がイラクに空撃、侵襲、侵略を開始して以降、この三年余りの間、我が国のその開戦の支持、あるいは、その後のずたずたになったインフラや治安の復興をめぐって何をなすべきで、またなすべきではなかったかということの審議に当たると思います。

 私は、きょう、冒頭の細野さんとの安倍官房長官のやりとり、あるいは今の赤嶺さんとのやりとりを聞きながら、明確にしていただきたいことが一点ございます。

 実は、今回、ブッシュ大統領が大量破壊兵器の存在について、情報収集活動も含めて、その点においては、あると判断したことは誤っておった、ここについては判断が誤っておったということを認められました。実は、二〇〇四年の九月の段階で、イギリスのブレア首相も、大量破壊兵器があったかなかったかということにおいての判断は誤っておったと認められました。それが開戦の理由として正当かどうかではなく、大量破壊兵器があったかなかったかという判断が誤っておったと認められ、ブレア首相も、国民に対してその点は謝罪されています。今回のブッシュ大統領もそうであります。

 果たして小泉首相は、二〇〇四年のたしか三月、記者団に聞かれたときは、私は今もってあると思っているとおっしゃいました。二〇〇四年の九月ないし十月段階では、先ほども細野さんが言われましたように、サダム・フセインが見つからないといって、いないとは言えない、すなわち、大量破壊兵器が見つからないといって、ないとは言えないとおっしゃいました。

 現時点で、内閣の正式見解は、大量破壊兵器がなかったという事実が判明した今、そのかつての首相のさまざまな発言、そして我が国のその一点における判断、どうであるのか、お聞かせください、官房長官。

安倍国務大臣 ブッシュ大統領の演説における情報機関の情報の誤りについては、いわゆる自国の情報機関に対する評価を述べたわけでございます。恐らくブレア首相もそうだったのであろう、このように思います。我が国としては、各国の情報機関が有していた情報を評価できる立場にはありません。他方、ブッシュ大統領は、多国籍軍がイラクに武力行使をしたという自分の判断は誤っていなかったということを明確に述べています。

 我が国が多国籍軍のイラクに対する武力攻撃を支持したその理由は、累次にわたる国連決議に反していた、そしてまた、いわゆる大量破壊兵器について派遣された調査団の報告等々を総合的に判断した上、国連決議にのっとって我々は判断をした、この判断は間違っていなかったというふうに考えています。

阿部(知)委員 私がわざわざブレア首相の例を出したのは、やはりブレア首相とて、自国の調査団がやったことではないわけです。しかし、ともに開戦に踏み切ったわけです。そして、アメリカの情報機関のこのたびの、実は一年前の発表です、そして今回のブッシュ大統領の発言、それを受けてみずからのあったかなかったかにおける判断は誤っていたと謝罪されたわけです。

 確かに、米英軍を支持した日本、ブッシュ大統領とブレアの関係からいえば、少し小泉さんは遠いかもしれません。しかし、今のお答えでは明確に答えていただいていません。あったかなかったかの判断について日本もまた過ちを犯したと、その点については明確に国民に謝罪されるべきです。そこからこの戦争は始まりました。

 あとの開戦理由の幾つかも私はちゃんと反論したいと思いますが、とても潔くない、小泉首相のこの間のこの事件をめぐる、この大きな戦争をめぐるさまざまな言論は。なかった、そのことは認めて、そして、あると思っていた、そのことについては謝罪をしていただきたいが、いかがですか。この一点で結構です。

安倍国務大臣 今阿部委員がおっしゃっていたことで少し違うなと思うのは、私が先ほど申し上げましたのは、いわゆる調査団が行った、その調査に対する評価としてではなくて、ブッシュ大統領は、自国の情報機関の情報が、その多くが誤っていたということについて述べたわけでありまして、ブレア首相も、ブレア首相の自国の情報機関の情報とその分析について一部誤りがあったという評価を述べたわけであります。

 他方、我が国としては、他国の情報機関の情報について評価する立場にはありません。一方、多国籍軍が、米英軍ではなくて多国籍軍がイラクを攻撃した、武力行使をしたということについての我が国の支持は、安保理決議による支持であったということでございます。

阿部(知)委員 それがうそでございます。なぜならば、二〇〇四年の十月にアメリカの米政府最終調査報告が出たときに、ブレア首相はそれに基づいて、大量破壊兵器があるとした自分の判断は誤っていたと認められたのであります。ちょうど今から一年近く前のことであります。イギリスは、イギリスの諜報機関が間違いを犯したから認めたのではなく、アメリカの委員会報告が出て、それは、戦後イラクに調査団が入り、大量破壊兵器があるかないかを検証し、一年半後に出した結果に基づいて、ブレアは、その当時あると判断した自分の開戦時の判断を謝罪したのであります。

 もし安倍官房長官にその点の認識がなければ、きちんと調べていただいて、私は、次の回でも結構ですから、ここをやはり、日本がこの開戦を支持し、しかし現実になかった大量破壊兵器のために三万人以上の死者が出たというこの現実を、どのように私どもの国が、逆に、過ちは認めた上で、しかし復興という、人が生きていくという一番大事な点に本当に何ができるのかをきっちりと今後に生かしたいと思います。

 きょうの審議の中で、例えば新生児死亡率が出てまいりました。しかし、イラクは、一九九〇年初めの湾岸戦争以前は、中東で随一の医療水準を誇り、また非常に教育熱心で、あの湾岸戦争以降、経済制裁で急激に乳幼児死亡率は伸びてまいりました。開戦前、高校生の若者たちは、ちょうど日本の若者のようにインターネットカフェで世界各国の情報を収集しておりました。そして、その国を暴力的に攻撃したことが、今回、治安問題、あるいはずたずたになったインフラ、雇用、すべからく悲劇のもとになっております。

 そして、安倍官房長官がおっしゃいましたが、果たしてあのとき国際社会は開戦に賛成したのか。その一つの例に挙げられた一四四一という国連の決議の後に、十一月下旬から、大量破壊兵器をめぐる査察団、特に核の査察団がイラクに入りました。その委員長であったブリクスさんは、二〇〇三年の六月に退任されるときに、自分たちにあと数カ月の時間が与えられれば、大量破壊兵器はなかったということが証明できたのにと非常に残念がっておられました。

 逆に、査察団を中断させて強硬に戦争に踏み切りました。国連決議を支持した国は、あの決議とは、官房長官、これもよく読んでください。さまざまな、いろいろな査察の結果、問題があればそれを報告するということがこの決議の四番目の事項であります。イラクの義務のさらなる重大な違反を構成するものについて、「同理事会に報告されることを決定する。」です。査察して問題があれば報告するというのが一四四一決議です。それは、何も開戦のための決議ではありません。

 このたび、IAEAのエルバラダイ氏、ノーベル平和賞を受賞されました。このIAEAと国連の核査察団の二つの活動は、当時、この開戦に反対とまでは言える立場になくても、自分たちの仕事を継続したいということをおっしゃっていました。他の解決方法があったはずではないですか。今ここに至って、大量破壊兵器もなかった。サダム・フセインが暴君であった、あるいは虐殺した、だから進攻していいというなら、明らかに内政干渉になってまいります。

 安倍さんは御存じでしょうか。イラクは当初からの国連加盟国です、戦後、冒頭にできた国連の。そして、このイラクへの武力の進攻が国連憲章に違反するとアナン総長がおっしゃったのが、二〇〇四年の九月のことです。こうしたいろいろな流れの中で、今、開戦の正義というものも含めて、先ほど安倍官房長官が挙げられた国際社会の決議あるいは核査察の状況、この二つとも、大臣が、官房長官が答えられたようではないと思いますが、いかがですか。

安倍国務大臣 先ほど委員は、国連決議の一四四一について引用されましたが、この一四四一の要旨の中には、こうあります。関連安保理決議上の義務に、これまでもまた現在もなお重大な違反をしている。イラクに対し、武装解除の義務を遵守する最後の機会を与える。強化された査察体制を構築し実施する。イラクにさらなる重大な違反があった場合には安保理会合を即時に開催する。その際、安保理は、イラクに対して継続した義務違反の結果として深刻な結果に直面することを繰り返し警告してきたことを想起する、こうあるわけであります。

 また、委員は、湾岸戦争の前はということで言及されました。まるでサダム・フセイン政権が極めて立派な政権であった国のように言っておられるわけでありますが、そもそも湾岸戦争は、イラクがクウェートに侵攻したことによって起こったことであります。

 そしてまた、一九八八年三月十六日、イラン・イラク戦争の末期、イラン北部にあるクルド人の町ハラブジャで、化学兵器を使って住民約三千二百人から五千人を虐殺いたしました。そしてまた、イラン・イラク戦争の最中、一九八三年から一九八八年の間にイラクは、一万九千五百発の化学爆弾、五万四千発以上の化学砲弾、二万七千発の短距離化学ロケット弾を使用しました。また同時に、イラクは、千八百トンのマスタードガス、百四十トンのタブンガス、六百トン以上のサリンを使用したわけであります。

 こういう国であることにかんがみ、また、十二年間ずっと国連決議を無視してきたという中にあって最終的な判断がなされたものである、こう認識をしております。

阿部(知)委員 私に残された時間がございませんので。

 今の官房長官の前段の発言があったからこそUNMOVICが十一月下旬から査察に入り、さらに期限を延長してほしいと言っていた矢先に攻撃したということです。そして、何もサダム・フセインに私はくみするものでなく、しかし、サダム・フセイン体制下以上の人権侵害が今も、治安の悪化、女性たちは外にも出られない、子供たちもまだまだ多数死んでおるという中で起こっているからこそ、違う解決があったのではないかということをこの場で論じ合いたいと思っております。

 ありがとうございます。

三原委員長 本日は、これにて散会いたします。


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