第164回国会 厚生労働委員会 第17号(平成18年4月25日(火曜日))抜粋

案件:
 健康保険法等の一部を改正する法律案(内閣提出第三七号)

 良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律案(内閣提出第三八号)

 小児医療提供体制の確保等のために緊急に講ずべき施策の推進に関する法律案(小宮山洋子君外四名提出、衆法第一七号)

 医療を受ける者の尊厳の保持及び自己決定に資する医療情報の提供、相談支援及び医療事故等の原因究明の促進等に関する法律案(園田康博君外三名提出、衆法第一八号)


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〔前略〕

岸田委員長 次に、阿部知子君。

阿部(知)委員 社会民主党・市民連合の阿部知子です。

 我が国は、現在、未曾有の少子高齢社会に入り、社会的にも、そしてとりわけ命を支える医療という分野でも大きな変革が迫られているさなかだと思います。

 この委員会でも、医療制度改革が委員会において二回ちょっと話され、非常に早い段階できょうは参考人の皆さんにお話を伺う段取りを委員長初め与野党の理事の皆さんで御準備くださいましたが、その真意というか、その本当の意味するところは、やはり医療の現場あるいは地方自治の現場、そうしたところからより多くの声を聞いて、本当に必要とされている改革をこの委員会が審議できる場でありたいという全体の願いからかと思います。その願いにこたえてくださって、各参考人の皆さんは、きょう、非常にリアルなお話、あるいはまた、近藤参考人にあっては、今、逆さの流れじゃないの、医療費は削るんじゃなくてふやさないと時代的には大変になるんじゃないのという御指摘もいただきました。

 私は、限られた時間の中で、本当は全員の皆さんに御質疑いたしたいですが、お時間の関係でお聞きすることができないこともあるかと思います。お許しをいただきたいと思います。

 まず、冒頭、鴨下参考人にお願いいたします。

 鴨下参考人は、現在、社会保障審議会の医療部会の責任者であられるということで、先ほど申しました大きな変革を迫られる医療という分野、社会保障の中でも、とりわけ、やはり命にかかわる医療という分野は、本当にここが安定して安心しなければだれもこの社会を安心して生きることができない分野ですから、ぜひ、きょう伺いましたお話も非常に参考になりましたし、ますます御活躍をいただきたいわけであります。

 実は、こう言っていても何となく面映ゆく、理由は、鴨下先生は私の恩師でありまして、私が東大病院の小児科に勤めておるときの教授であらせられます。また、それ以前は自治医科大学で、我が国における僻地医療の問題を積極的に解決するためにつくられた大学で小児医療の教授をしておられた。

 思い起こせば、やはり各県一医科大学並びに自治医科大学の設立と申しますのは、当時も、医師が僻地やあるいは地域で不足する、そういうことも踏まえて、大きな改革、変革が行われた時代でございました。もうそれから既に三十年近く、そして一期生の奥野先生がここに参考人でお越しくださるのですから、今また私は同じような医師不足の現状や、あるいは数はいても中身として追いつかない現状の中で、何が国の仕事で何が地域の仕事なのかという区分けをきっちりしていって医療提供体制を安定させたいと思う視点から、鴨下先生にお伺いいたします。

 きょうの先生のお話を伺いましても、やはり教育という分野が、ぜひこれから国が、医師教育、医師育成というところで見識を持って取り組んでいかねばいけない分野だというふうに私は承りましたが、ここに先生がおまとめでございます「医師不足の背景」の中には、小児科医あるいは産科医は氷山の一角で、麻酔科医も不足しておる、当直がない、救急がない、がんがない、三ない科に若い医師の人気が集中する等々、本当にこれは現実であろうかと思います。

 それで、この間、我が国では、いわゆる研修の義務化ということが行われて、研修の仕組みも大きく変わりました。さらに、これからです、本当に必要なところに医療が届くように医師を育成していく場合に、何が最も重要な視点となるかということについて、冒頭お願いいたします。

鴨下参考人 どうも攻守ところを変えたようでございますが、質問ありがとうございます。

 先生の御指摘のように、やはり最後は教育だと思います。

 それで、これは文科省の責任でもございませんけれども、医学教育、医学教育と言ってまいりましたが、実際には医師の教育であるべきなんですね。それがなかなかなされていない。現在医学部を卒業する学生、年に八千人で、そのうち国家試験に受かるのは恐らく七千ちょっとかと思いますが、それが大学院の定員が五千ぐらいあるんですね。ですから、医学研究者を育成する方向に形の上でなっているというところが一つ大きな問題ではないかと思います。

 私は、やはり今後は医学研究者と医師の教育をはっきり分けて、アメリカの医療を私は決してすべてがいいとは思わないんですが、医学教育、医師の教育に関してだけは大いに学ばなければならない。それは、向こうはほとんどみんな医師になるんですね、医学研究をやっているのはむしろ生物系の基礎学者、その辺が日本は今後変えていかなければならない一つの重大な方向ではないかと思います。

 自治医大の話が出ましたけれども、私は、確かに奥野君には小児科は教えましたけれども僻地医療は教えなかったですね。だけれども、やはり自治医大の教育が、学長以下、あるいはそれをバックアップされた自治省なんかの政策といいますか方策がそういうふうにしむけたといいますか、自然に卒業生がみんな僻地で生きがいを感じて医師としてやっている、それが本当に大部分だろうと思うんですけれども、そういうことが医療の世界で今後なされなければいけないのではないか。

 特に、そういう点で小児科医、産科医、これも私、先ほどの研究班の班長をやりまして、産科と一緒にやって、最初は小児科の、でも産科の方がはるかに事態が、今お話もございましたけれども深刻なんですね。そういうことをお互いに知らない、知らないまま過ごしてきたということを大変大きな問題に思いました。

 そういうことで、やはりすべて教育で、特に、ここまで言うとまたいろいろな意味で袋だたきに遭うのは承知なんですけれども、もう一つ、私、あえて申しますと、看護の教育が、これは看護大学、四年制の大学が今百三十五ぐらいになりましたでしょうか、それの教育を文部科学省の医学教育課でいわば昔のままの体制でやっておられるのが、いずれ看護教育にもう一つ大きな問題が起きるように思っております。

 それで、医師の教育とそれからいわゆるコメディカルの教育、すべてを一緒に視野に入れた教育といいますか、そういうことを今後国としてお考えいただかなくてはいけないのではないか、そんなふうに感じております。

阿部(知)委員 教授の時代もそうでしたが、いつもじゅんじゅんと諭すように心にしみるお話でありました。ぜひ先生には、これから日本の国民の本当に命にかかわるそれを扱う医療者の教育の面において、国においても多くの発言とリーダーシップをとっていただきたいと心からお願い申し上げます。

 次に、奥野先生に伺いますが、私は、実は、先週の末に宮崎県の高千穂というところのすぐ隣町の五ケ瀬というところに行ってまいりまして、人口五千人くらいの町でありました。また、その奥にいわゆる平家の落人が行ったという椎葉村という村がありまして、そこにも自治医科大学の御出身の先生がおられたり、配置されたりということで、この自治医科大学が、僻地というものについて、ある義務を、義務年限の中で若い医師に行ってもらい、しかし、そこで新たに発見したもの、地域を愛する、人を好きになる、いろいろな意味で若い医師に多くの財産を残していると思います。

 一方で、それは義務年限という義務を課したものでありましたが、私は、あえて言えば、義務年限ということのかせの中でそれが可能になった面もあると思います。一期生として、そして今も地域の診療を一線で担われる先生として、この自治医科大学に学んで、さらに、日本の教育の中で義務年限ということをどういうふうに考えられるかという点をお願いいたします。

奥野参考人 義務年限といいますのは、自治医大を私は出ましたが、お金を、修学資金を借りまして、その修学期間の二分の三倍ですね、義務として都道府県が指定する僻地に勤務しなさいというふうな中身であります。私は、図らずもでありますけれども、義務という形で勤務させていただいたんですが、私としては非常によかったというふうに解釈いたします。

 それは、まず普通ですと、その当時、医者になるのには、医局に入って、卒業してすぐにその道を決めてしまうわけですけれども、我々は、その義務という名のもとにいろいろなところに行かされたわけです。私も、卒業しましてぼんやりしていまして、当時まだ研修なんか受けていないところに僻地に行ってくれと言われまして、大慌てで行ったわけです。先ほど、私、地域医療は楽という話をしましたけれども、これは二十八年のキャリアを積んだ上での楽でありまして、当時行ったときは、全く研修もせずに、当時まだ人口が倍だったものですから、千人の島にほうり込まれまして、そこで一番怖かったのは夜で、急患が出たときにどうしようとどきどきしながら過ごしたわけです。

 そういった場面であるとか、あるいは、後期の研修として、当時また大学に戻って研修を受けることができました。それは、小さな部分を見て、その島というものを二年間見た上で、今度は大学というところに帰ってまた大きな部分。それから、すごくうれしかったのは、自分はその小さなところで悶々としてやっていて大変なんだけれども、大学に戻って日本全国の人たちに会うことによって、またそれが、いろいろな人がいっぱいいるんだけれども、同じようなことを考えて、同じように行動している人がいっぱいいるんだというふうな意味合いでもって前に進むことができた、あるいはまた小さな病院に行くことができた。

 そして、義務が九年あったわけなんですけれども、それでもって、大体医師は十年たちますと一人前と言われますが、そのときに、これから自分がどうしようかというふうなことを決めることができましたので、その義務、確かに義務ではあったんですけれども、それはよかった。

 つまり、今の医師の方々も二年間の臨床研修というのが義務づけられておりますけれども、自分がどういう道でどういうふうになっていくんだということを決めるのは、もう少し後になってもいいんじゃないか。その間にいろいろなことが経験できるような仕組み、経験して、例えばあそこに行ってしまったからもうこちらには行けないとか、そういう仕組みじゃなくて、あっちもこっちも行けて、それでもって十年目ぐらいに自分のしかるべき道を進むことができるというふうな仕組みがあってもいいんじゃないか。そういう意味では、義務ではあったんですけれども、私は、あるいは卒業生を含めてよかったと思います。

 もう一つの証拠といいますのは、決して十年過ごしたからといって全員が僻地に行くんじゃなくて、いろいろな道に、あっちこっちの専門医もおりますし、公衆衛生もいますし、いろいろな形で卒業生が羽ばたけたのも、いろいろな経験ができたからだというふうに思います。

阿部(知)委員 ありがとうございます。

 次に、奥田参考人に伺います。

 私も同じ神奈川なのですけれども、先生の病院に非常に周産期、お産が集中していて、なおかつ、先ほどおっしゃったように、それまでかかっていた方ではない方が飛び込みで出産なさるような状況がこのごろふえているというお話も含めて、非常に産科医療の大変さということを改めてきょうも実感させていただきましたが、いわゆるセンター化、集約化の一方で、しかし逆に地域の中核病院が今、ちょっと申しわけないけれども、がたがたになっているということは、このセンター化したところに過剰な現状を生んでいるということもあるかと思うのです。

 先生がお示しくださった資料の中にも、各地域で分娩をできるところが減っている。これは、苦肉の策で現状、現実のこの産科医でやれるところはこのくらいだということで、集約化はやむを得ざる措置とは思うのですけれども、やはりどうしても、一、二、三次全部が来ると、それでも悲鳴だというところがあると思うのですが、そのあたりの現状の集約化と、もうちょっと欲張りな、本来的にどういう形を望まれるかということをお願いいたします。

奥田参考人 ありがとうございます。

 理想的に言えば、軽いところ、中くらいのところ、重いところというのをシェアするというのはいいかとは思うんですけれども、何度も申し上げているように、やはり突発的に何が起こるかわからないというのが分娩ですので、例えば、救急に対応できないところで分娩しているときに突然の大出血で、運んでいる時間の間に亡くなってしまうというようなことも想定すると、すべての妊産婦さんの命を救ってあげるという点からですと、私は、個人的には、やはり大きな病院でたくさんお産をするということが大原則だというふうに考えております。

 ですけれども、そうすると、確かに集中してきた我々どものところの疲弊がまた非常に問題にはなってきますので、一つの対策としては、周辺の施設と協力しながら、例えば、健診ですとか、最低のところ、リスクの非常に低いところを御負担いただいて、分娩をこちらの方で一緒にさせていただく、セミオープンですとかオープンシステムですとか、そういうことも導入していくのが理想的かとは思いますが、現状、近未来的にとにかくというふうに考えると、先ほどから申し上げているように、広く薄くではなく集中して厚く、最終的には、我々どもの人間がふえれば広く厚くというのが最終目標とは思いますが、現状の緊急課題としてはやはり集中化しかないかと私は考えております。

阿部(知)委員 非常に苦しい中で、終始、子供たちのために頑張ってくださっていることに本当に感謝いたします。

 最後に、近藤参考人にお願いいたしますが、いただきました先生の資料の中でも、これからの医療政策をどう評価するか、そこには二つの視点、やはり国民が参加しなきゃいけないだろうということと、国の制度の中にきちんと医療政策を評価するものをつくれという御指摘かと思います。その点について、時間の制約でお触れになれなかったところがあったかもしれませんのでつけ加えて、全体の医療費の〇・一%は政策評価にかけていいのではないかというレジュメもございましたし、お願いいたします。

近藤参考人 一番言いたいことは先ほど言いましたので、もう少し具体例を御紹介したいと思います。

 イギリスの例でいきますと、お金のことも非常に気にしております。これは先進国共通の現象です。しかし、それと同時に、例えば、地域ごとでどれぐらい、がんもそうですけれども、薬の利用率、あるいは検診を受けるまでの待機期間のモニタリングとか、いろいろなことをやりながら、問題が大きいところを優先的な政策課題とする、そういうチェックシステムができ上がっているというのがすごいところだと思います。

 その中には、何と医師、看護師の仕事をしていることに対する満足度、そういうこともモニターしておりまして、例えば、小児科医、産婦人科医の労働実態が大変だということは、私も臨床医出身だからわかりますが、もう十年前から現場ではわかっていたことなんです。ただ、現場の人たちは、それをほかの科の医者に語っている時間がないぐらい飛び回っていて、先ほど小児科医と産婦人科医がお互いそんなに大変だというのを気づかなかったというお話がありましたけれども、そういうのはさもありなんという実態です。

 これだけITが進んでいる時代なのですから、イギリスでいうと、最初、四百指標ぐらいつくって総合的にモニターを始めて、言うならば赤ランプがついたところを、その背景を調べて早目に手を打つ、そういう仕組みをつくって、限られた資源をできるだけ効率的に、なおかつ質を高める、しかも不公平の問題も軽減する、そういう総合的な枠組みづくり、これがあるという点だと思います。

 先ほど、国と都道府県と市町村、あと現場の病院の役割分担という話がありましたが、一体どういう政策の枠組みをつくるのかという構想と、そしてそれに対する裏打ち、例えば政策評価に〇・一%をかけてちゃんとチェックするんだ、そういう枠をつくる仕事は決して臨床医にはできません。病院にもできません。市町村にもできません。都道府県にもできません。これは国でしかできないんです。国会議員の皆さんには、そういう大きな、百年の計とは言いませんが、十年もつような、そして自分たちで問題点を早く見つけて早く軌道修正がかけられるような仕組みづくりを、ぜひ今度の医療制度改革には組み込んでいただきたいということを改めてお願いしたいと思います。

阿部(知)委員 きょういただきました貴重な御意見の数々で、これからの審議を深めていきたいと思います。ありがとうございました。

〔後略〕



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